めなせえな。みりゃ、どこへ突き出したって玉の輿《こし》に乗られるご器量じゃござんせんか。だから、あすにでも堅気におなんなすってね、いい赤ちゃんでもお産みなせえよ。おたよりをくださいましたら、またそのとき産着《うぶぎ》の一枚も贈りましょうわい」
そして、みずから立ち上がりながら、玄関の格子戸《こうしど》をあけてやったものでしたから、なにとてくし巻きお由ばかりが鬼の心をもっていられましょうぞ! ――今ぞ真実心から人の性の善にかえり、悔悟の自責にこらえかねたものか、たもとですすり泣きの涙をおしかくしながら、黙々と重い足どりで表のやみに消えていきました。
そのうしろ姿を右門は会心の面持ちで見送りながら、ふとまた気がついたようにお静のほうを顧みると、やさしくいいました。
「そうそう、まだたいへんなことを一つ忘れていたっけよ。松平伊豆守様がまえからお小間使いをひとりお捜しだったからな。お静坊はあしたにもおじさんが伴って、お屋敷へつれていってあげようよ。おまえならば、おじさんが親代わりになってもいいからね」
いうと、そして右門はそっと近よって、感激のためにかいよいよそこに泣きよじっているお静のふっさりとしたうしろ髪を、黙ってやさしくなでさすりました。
底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tat_suki
校正:湯地光弘
1999年7月25日公開
2005年6月30日修正
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