まして、しめし合わせた老職が袈裟掛《けさが》けの二太刀で無残にもこれを追い傷にしとめ、また元来が藩の祐筆《ゆうひつ》であまり刀法には通じていなかったものでしたから、手もなくしてやられたその死骸《しがい》をば、今われらのむっつり右門が胸のすくような眼力であばいたとおり、家の内の井戸中へ投げ込んでおいて、その上には急ごしらえのかまどをしつらえ、そして不義のざれごとに目のくらんだ六十侍が、運よくも――あるいは運わるくも水泳の達人でしたから、妻女とぐるのひとしばいをかいて、小娘のお静が訴え出たように、浪人者の発狂投身と見せかけながら永代橋上よりおどり込み、むろん自身はこっそりとそのまま泳ぎ帰って、さもそれを入水《じゅすい》行くえ不明なるがごとくに、妻女の口から近所かいわいに言い触れさせたのでありました。右門がそのときみずから右門流の吟味方法と称しながら、その六十侍を永代橋からけおとしたゆえんのものは、早くもそれとにらんだので、老職自身に世のつねのような痛み吟味をかけて自白させるかわりに、ちょっとばかりあざやかな右門特有のからめ手の吟味戦法を小出しにしたまでのことでしたが、さればこそ、あのときの達者すぎる河童ぶりに、もはや疑いもなく下手人とにらみがついたものでしたから、あんなふうに追っつけ鈴ガ森か小塚ッ原へ送られるだろうなぞと気味のわるいことをいったので、そして宵の五つから四つまでに毎夜のごとき小娘お静の悲鳴があったというそのいきさつは、ほかでもなく、身分がらをはばかったあれなる老職が、そのおりにこっそりと忍んでくるので、用もない用を言いつけて、夜中表へ使いに追いだすための打擲《ちょうちゃく》折檻《せっかん》なのでありました。だから、もうこうなれば、いかに不貞の妻女といえどもただ恐れ入るよりほかはないので、今にして八丁堀にわがむっつり右門のあったことを知ったもののごとくに、青ざめていったことでした。
「だんながいられるとは知らずに、とんだだいそれたことをいたしました……」
と、右門の鋭い声が間もおかないで、がんと一つ見舞いました。
「バカ者! おそいや!」
まったく、これはどう考えたっておそすぎますが、そこへちょうど、町方見まわりの者たちが変をきいて駆けつけたものでしたから、右門はあとの始末を託しておくと、例のおとし差しで足を早めたのは、わが八丁堀の住まいです。いうまでも
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