っと抜き手をきりながら向こう岸に泳ぎつこうとしたものでしたから、ひと足先に走りついて土手に上がるのを待ちながら、その手をぐいともう草香流で逆にねじあげると、右門がおちつきはらっていいました。
「ご老体に似合わず、たいした河童ぶりでござりましたな。それを見たいばっかりに変なまねもしたんだが、みんなこりゃ右門流の吟味方法だからあしからず――では、あすまた伝馬町の上がり屋敷のほうへお届けいたしまして、おっつけ鈴ガ森か小塚《こづか》ッ原《ぱら》にでも参るようになりましょうから、それまでご窮屈でござんしょうが、あそこの自身番でごゆっくり蚊にでも食われなせえよ」
いいながら、道のついでに見つかった自身番へこかし込んでおくと、疾風のごとくただちに駆けもどったところは、若新造がもろはだぬぎで人待ち顔にお化粧をやっていた路地奥のあの一軒でありました。行ったかと思うと、もうずいと中へはいったので、それからずばりと鋭い声で、胸をえぐるがごとくいったものです。
「浪人者にしても、ともかく侍の妻じゃねえか。ふざけた年寄りを相手に不義いたずらをやりくさって、八丁堀に右門のいることを知らねえか――さ、伝六! じたばたしたら少々ぐらいの痛いめはかまわねえから、もがかねえようにくくしあげろ!」
命ずると、あんどんをさしあげて、あそこここと家の内の間取りぐあいをしきりに見まわしていましたが、そのときふと右門の鋭く目を光らした個所は、ほかならぬお台所のいぶせき浪宅には広すぎる土間のまんなかに設けられた新しいかまどです。それが新しすぎて不審なところへ、ひとりやふたりのお炊事をするささやかなるべき浪人者のあと家内たちのかまどにしては、少し造りが豪気に大きすぎたものでしたから、鋭く目を光らしながら近づいて、巨細《こさい》にあたりを調べあげると、はからずも右門の胸により以上の不審を打たれたものは、それなるかまどの上の天井ぎわに見える車井戸の井戸車でありました。
「ふふん、このかまどの下は井戸だな」
慧眼《けいがん》はやぶさのごとき眼力で早くも推定がついたものでしたから、こころみにそこをたたいてみると、果然聞こえるものは、ぼうんぼうんという、まだ埋められてない古井戸の音響です。と同時でありました。
「伝六! 町内の鳶頭《とびがしら》をたたきおこして、わけえ者を五、六人借りてこい」
もうこうなると、伝六がま
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