うともうさっさとお歩きですが、ご用っていうのはそれっきりですかい」
 右門ときいて、ひいきの客がひいき役者と近づきになりたがるように、相手はふた足み足追っかけながら、しきりとそれ以上の好意を見せようとしましたが、聞くだけのことを聞いてしまえば先を急ぐからだでしたから、右門は返事もせずに、さっさと伝馬町めがけて足を早めました。
 まもなく、目的の糸屋をみつけましたものでしたから、主人の没後あとあとのことを取りしきっている召し使いの老婢《ろうひ》について、右門は八方から聞かれるだけのことを聞きました。しかるに、事件はどこまで迷宮にはいるつもりであるか、老婢の証明によって、あらゆる見込みと材料が、根底からくつがえされるにいたりました。
 彼女の述ぶるところによれば、いかにも女の客の多かったのは事実であるが、向こうだけのかってなうわきからで、うちの若主人にかぎっては、かつて一度も女との浮いたうわさなどを聞かなかったというのです。それから、肝心の横笛に関する陳述も、同様に右門の予想を裏切りました。先代からの下女奉公であるから、はしのあげおろしにいたるまで知っているが、だいたい問題の笛なるものが親
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