屋の主人がすっかりみけんに青筋を立ててしまったのです。それが嵩《こう》じて、利益の分配のことにもけんかの花が咲き、その結果があの笛の中の書き置きにあったようなしばいがかりのつらあて毒死になったものでしたが、運よくもまたそれをわれわれの崇拝おかないむっつり右門に発見されましたのでしたから、かれの明知が瞬間にさえ渡って、遺書の中に見えた、いまにぼちぼちと世間に知れるだろうという一句から、早くも伝六が奉行所から持ってかえった報告中のにせ金事件に推定を下し、かくのごとくに奇想天外疾風迅雷的の、壮快きわまりなき大|捕物《とりもの》となるにいたったのでありました。
 だから、右門は吟味をとげて、女もろとも一味の者を獄門送りに処決してしまうと、いとも心もちよさそうにいったことでした。
「これで糸屋の若主人も迷わず成仏するだろうよ。遺言どおりに、塩首が見られるんだからな」
 しかし、伝六は不平そうにいったものです。
「ところが、あっしゃ成仏しませんよ。もうこんりんざい、だんななんぞに幽霊屋敷や化け物話を聞かせるこっちゃねえ。だんなの知恵じゃ、すぐとそいつが一味の巣窟《そうくつ》にも穴倉にも見当がつくんでがしょうが、あっしゃぺったり生き血を首筋へやられたときゃ、五年ばかり命がちぢまりましたぜ」
「じゃ、きげん直しに乃武江《のぶえ》でも招いて、いっしょにところてんでも食べるかな」
 すると、伝六が急にくつくつ笑いながらいいました。
「だんなも悪党をつかまえるこたあ天下一品だが、あっしのような善人には眼力が届かんとみえらあ。あの日四谷からの帰りがおそすぎたでしょう。なんのために、あれっぽちのねた[#「ねた」に傍点]洗いがあんなにおそすぎたかご存じですかい。ちゃんともうあのとき妹のやつを家へひっぱっていって、早いところ五、六本すすったんですよ。どうです。くやしかありませんか」
 憎めないやつで、かわいいことをとうとう白状してしまいましたものでしたから、右門は目を細めながら、この愛すべくむじゃきな部下をしみじみと愛撫《あいぶ》するようにながめていましたが、いつにもなく右門に似合わない述懐をもらしました。
「きさまがべっぴんで、女の子だったら、ひと苦労してみるがな」



底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
   1996(平成8)年12月20日新装第7刷発行
入力:大野晋
校正:Juki
1999年11月26日公開
2005年6月29日修正
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