みると、だんなもその事件もうご存じですね」
「あたりめえさ。それがために、毎朝訴訟箱をひっかきまわしているんじゃねえか。きさまのこったから、当たるには当たったが、しくじっちまったんだろ」
「ずぼし、ずぼし。実あ、だんなのめえだがね、あっしだっていざとなりゃ、これでなかなか男ぶりだってまんざら見捨てたもんじゃねえでがしょう。それに、なんていったってまだ年やわけえんだからね、人さまからも右門のだんなの一の子分と――」
「うるせえな。能書きはあとにして、急所だけてっとり早く話したらどうだ」
「ところが、そいつがくやしいことにはおあいにくさま。だんなの一枚看板がむっつり屋であるように、あっしの能書きたくさんもみなさまご承知の金看板ですからね。だから、はじめっから詳しく話さねえと情が移りませんが、でね、今いったとおり、あっしだってもこの広い江戸のみなさまから、むっつり右門のだんなの一の子分だとかなんだとか、ちやほやされているんでしょう。しかるになんぞや、一の子分のその伝六様がいつまでたってもどじの伝六であったひにゃ、たといだんなはご承知なすったにしても、あっしひいきの女の子たちが承知しめえと思いやしてね、ひとつ抜けがけの功名に人気をさらってやろうと思って、こっそりいましがた話のその二十騎町へちょっと小当たりに当たってきたんですが、お目がねどおり、そいつがどんなにしても、あっしひとりの力じゃ手におえなくなったんでね。だんなの知恵借りに、おっぽ振ってきたんですよ。不憫《ふびん》とおぼしめして聞いてくださいますか」
「ウッフフフ。若い娘《こ》と差しになりゃ恥ずかしくてものもいえなくなるくせに、女の子が承知しねえたあよかったよ。陽気のせいだよ、陽気のせいだよ。しかたがねえ、不憫をたれてやるから、早いとこ急所を話してみな」
「ありがてえッ。じゃ、大急行で話しますがね。あの訴え状にもあるとおり、時刻は夕がたとしてありますが、その夕がたのおよそいつ時分に、どこでどうやってあの質屋の子せがれがかっさらわれたのか、かいもく手がかりがねえっていうんでしょ。だから、こいつやり口のしっぽをちっとものこさねえあたりからいって、ただの人さらいや人買いのしわざじゃねえなとにらみましたからね、けさご番所へ来てみるてえと、まだだれも手をつけてねえようでしたから、すぐ駆けつけていったんですよ。するてえと――」
「ちょっと待ちな。その質屋は牛込のどこだとかいったな。そうそう、二十騎町といったな」
「へえい、さようで――二十騎町から市ガ谷のお見付のほうへぬけていくちょうど四つつじですよ。のれんに三河《みかわ》屋という屋号が染めぬいてありましたから、たぶん生国もその屋号のほうでござんしょうがね」
「ござんしょうがねというところを見ると少し心細いが、じゃ詳しい素姓は洗ってみなかったんだな」
「いいえ、どうつかまつりまして――。あっしだっても、だんなの一の子分じゃごわせんか。だんながいつも事件にぶつかったとき、まずからめてからねた[#「ねた」に傍点]を集める手口や、あっしだっても見よう見まねでもう免許ずみですからね、ご念までもなく、ちゃんともうそいつあまっさきに洗ったんですよ」
「どういう見込みのもとに洗ったんだ」
「知れたこと、牛込の二十騎町といや、ともかくも二本差《りゃんこ》ばかりの、ご家人町じゃござんせんか。こいつが下町の町人町にのれんを張っているただの質屋だったら、それほどに不思議とも思いませんがね、わざわざお武家を相手のあんな山の手に店を張ってるからにゃ、ひとくせありそうな質屋だなと思いやしたんで、あっしの力でできるかぎりの素姓を洗ったんですよ」
「偉い! 大いに偉い! おれも実あ今ちょっとそのことが気になったんで、わざときいてみたんだが、そこへきさまも気がつくたあ、なかなか修業したもんだな。おめえのてがらを待ってるとかいったその女の子のために、久しぶりで大いにきさまをほめといてやろう。やるが、それにしてはしかし、生国が三河だというだけの洗い方じゃ少し心細いな」
「だから、そのほうもだんなの知恵を借りたいといってるんでがすよ。とにかく、生国が三河であるということと、十年ばかりまえからあそこで今の質屋渡世を始めたってことだきゃはっきりと上がったんですが、それ以上はあっしの力でどうにも見込みがたちませんからね、じゃ別口でもっと当たってやろうと思いやして、子せがれの人相書きやかっさらわれた前後のもようをいろいろにかき集めてみるてえと――」
「何か不審なことがあったか」
「大あり、大あり。消えてなくなったその子せがれは、十だとか十一だとかいいましたがね、女中の口から聞き出したところによると、質屋の子せがれのくせに、だいいちひどく鷹揚《おうよう》だというんですよ。金のありがたみなん
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