びんしょう》の秘術がなお残っているのです。まことに、その秘術こそは、紀州|熊野《くまの》の住人|日下《くさか》六郎次郎が、いにしえ元亀《げんき》天正のみぎり、唐に流れついて学び帰った拳法《けんぽう》に、大和《やまと》島根の柔術《やわら》を加味くふうして案出せると伝えられる、護身よりも攻撃の秘術なのでした。草香流の草香は日下《くさか》のその日下をもじったもので、さるを知らずに大小をのみ取り上げたならば、じゅうぶんそれで右門をもなべの中に入れうると考えていたんだから、いかにも少し右門を甘く見すぎたものですが、いずれにしてもかれが草香流を小出しにするに及んでは、たとえそこに白刃の林が何本抜きつれあってきたにしても、もう結果はこっちのものでした。それから伝六の急に強くなったのもむろんのことで、無頼の徒らしい三名の武士と古道具屋のおやじとのつごう四人を、いい心持ちそうにくくしあげてしまうと、そこに草香流のあて身でみだらにもすそをみだしながらぐんにゃりとなっている青まゆのあわれなる女を見おろし見おろし、伝六が相談するようにききました。
「ね、だんな。あんたのお心もち一つですが、このぶよんとしたくらげのほうも、くくるんですかい」
「あたりめえだ。おれがそんな女に参ってたまるけえ。ゆうべのことだって、みんなこいつらの裏をかいてやりたいために、わざと酒もあびたんだ。そんな女に指一本だって触れたんじゃねえんだぞ」
 まことにそれは、そういうのがもっともにちがいなく、そして言いすてながら表へ駆けだしていったとみえましたが、まもなく右門のしょっぴいて帰ったものは、わらじをさかしまにはいたさっきの人夫です。
「バカ野郎ッ。さかしまにはいたわらじぐらいで、たぶらかされるおれと思うかッ」
 ぽかりとくわしておくと、男の背負っていた長方形の箱を急いでこじあけました。同時のように、中からむっくりと起き上がった者は、みめかたちのゆうにやさしいひとりの少年です。――少年は目をぱちくりさせながら、いぶかるようにいいました。
「あら! もうおじさん役者のまねは終わったの?」
 ――その一語でもわかるがごとく、少年はむろんのことにかどわかされていた質屋の子せがれで、しかし今は質屋の子せがれとなっていましたが、いっさいをお白州にかけてみると、意外にもその産みの母は、あの青まゆの女なのでありました。事件は一口にい
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