ただいた百両で役者をふたり見つけ出し、うまうまとおんふたかたに化けさせて、ようやっと豊家《ほうけ》の残党をあのとおり根だやしにしおわせたというわけさ。思えば、でけえ大しばいさな」
しかし、右門が語り終わったとき、しきりと伝六がまだ何かふにおちないように首をひねっていましたが、ふいっと尋ねました。
「でも、不思議じゃごわせんか。七人組のほかにもうひとり、伊豆様のおん密事をかぎ知ったやつがあると、たしかにさっきだんながおっしゃいましたが、そいつあいったいどこのだれですい」
いわれて、ぎくりとなったように、右門は珍しくうろたえながら、ややその顔を赤らめていましたが、やがてぽつりと念を押しました。
「きさま、一生一度の内密に必ず他言しないことを先に誓うか」
「ちえッ、うたぐり深いだんなだな。あっしだって、おしゃべり屋ばかりが一枚看板じゃござんせんよ。意気と意気が合ったとなりゃ、これでなかなかがっちりとした野郎なんだから、ええ、ようがす、いかにも八幡《はちまん》やわた[#「やわた」に傍点]にかけて、誓言しようじゃごわせんか」
「さようか。では、こっそりとその者を見せてやろう」
いいながら、ちょうどそのとき帰りついた宿の中へ、静かにはいっていったようでしたが、そこのほの暗い朱あんどんのそばで、いじらしくも可憐《かれん》にうつ伏しながら、よよとばかり泣きくずれていたあの小女のお弓の姿をみとめると、右門は黙ってそのほうを目顔でさし示しました。
「えっ!?[#「!?」は横一列] あの、このお弓さんが、そのちっこく美しいお弓さんが、将軍のお社参までもかぎつけて、そもそもこんなだいそれた陰謀をたくらました張本人なんでがすかい!?[#「!?」は横一列]」
「さようじゃ。お腰元としてお城中へ上がりこみ、怜悧《れいり》にもご城内の様子までかぎ出したのだろうわい。おれときさまの江戸から下ることまでをもかぎ出してな。それから伊豆様にわざと願って、おれたちの小間使いになられたものとみえるよ」
「ちくしょう? じゃ、豊臣《とよとみ》がたの犬も同然じゃごわせんか。おっかねえべっぴんに、またおまんまのお給仕までもしてもらったもんだね。ようがす、あっしがだんなの代わりに、料ってやりましょう」
飛びかかろうとした伝六のきき腕をむんずと捕えて、どうしたことか、右門が突然ぽろりと栃《とち》のような涙を落としながら、やや悲しげにいいました。
「まてッ。わしがきさまに内聞にしろといったのは、この手の傷だ。美しい人の美しい心ざし、よくみてやりな」
そして、なおよよとばかりに泣き伏していたお弓のむっちりと美しい右手を取りあげながら、そおっと伝六の目の先につきつけたものでしたから、伝六はいぶかって、まじまじと見ながめていましたが、やがて吐き出すようにいいました。
「こんなもの、なにもありがてえ傷あとでもなんでもねえんじゃごわせんか。ねこかさるにでもひっかかれたつめのあとじゃごわせんか」
その伝六の不平そうなことばを聞いて、右門はしばし瞑黙《めいもく》しながら考えていましたが、わからなければしかたがない、知らせてやろう、といったように、そっと一枚のちいさな紙きれをふところから取り出して、伝六の鼻先へ黙々とさし出しました。見ると、紙片には次のようなうるわしい女文字の水茎のあとが、はっきりと書かれてありました。
「――おあにいさま、おあにいさま。お美しいおかたをはじめてかいま見て、女が恋を――一生一度の恋をいたしまするのは、おわるいことでございましょうか! おあにいさまはおりがあったら江戸からお下りのおかたのお命を奪えとのおいいつけでございましたけれど、そのかたが、そのかたがお美しすぎるためにわたくしの心がみだれましたら、人としてまちがった道でござりましょうか! いいえ、人の道としてではござりませぬ。女として、そのおかたさまにはじめての恋をおぼえましたために、お命をいただくことができませなんだら、わるいことでござりましょうか! おわるいことでござりましょうか!」
繰り返し繰り返し読み直していたようでしたが、ようやくいっさいがわかりましたものか、伝六が打って変わって、うめくようにいいました。
「いや、とっくりとわかりました。あっしももらい泣きをいたしやした。じゃ、このお弓さんが唖とかいった先ほどのあのお寺の若衆のお妹御でござんしたんですね。この手紙を書いて、その唖のおあにいさんとご筆談をしたときにおしかりなさられて、さるめにひっかかれたんですね。そいつをだんなが、あそこであの唖の下手人をくくし上げたときに、お手にでも入れたんですね」
右門は黙ってうなずいていましたが、伝六のそのことばを聞いてたえ入るもののようにひときわ泣きむせびだしたお弓のいじらしい姿をみると、決心したかのごとく、はっきりと最後のことばをいいました。
「のう、お弓どの、よくご納得なさるがよろしゅうござりますぞ。そなたがわたくしへの美しいお心根は、右門一生の思い出としてうれしくちょうだいいたしまするが、不幸なことに、そなたは豊臣恩顧のお血筋、わたくしは徳川の禄《ろく》をはむ武士でござる。武道のおきてとして、そなたのお心根を受納することはなりかねまするによって、悲しい因縁とおあきらめなさりませえよ。のう、ようござりまするか。そのかわりに、そなたのことは右門一生の秘事として、堅く口外はいたしませぬによって、ご不幸なお兄上はじめお七人のかたがたの菩提《ぼだい》なとお弔いなさるがよろしゅうござりまするぞ。のう、わかりましたか。おわかりになりましたか」
はい――というように、ちいさくかぶりをふって、嗚咽《おえつ》しながら身をよじらしているお弓のいじらしい姿を、じっとしばらく見守っていましたが、やがて右門はこらえかねたように、ぽろぽろと涙をぬぐいすてると、黙々として天蓋《てんがい》を面におおい、忍び去るようにして城下の町のやみに消え去りました。珍しや、こよいばかりはむっつりとうち沈んでうなだれた伝六をそのうしろに従えて、そしてふりかえりふりかえり、泣きくずれたままでいるお弓のほうを見返しながら、右門はあとにみれんの残るかのように、黙々と暗い城下の道のやみの中を江戸へ向けて立ち去りました。
底本:「右門捕物帖(一)」 春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
1996(平成8)年12月20日新装第7刷発行
※このテキストには、差別用語に該当すると思われる語句が使用されているが、作品が発表された時代背景を考慮し、そのままとした。
入力:大野晋
校正:ごまごま
1999年9月25日公開
青空文庫作成ファイル:
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