ならば江戸へのみやげにつかわしてもよいぞ」
「またしてもご冗談でござりますか、そのような浮いた話ではござりませぬ。あの者の素姓をご存じにござりまするか」
「よくは存ぜぬが、ついこの濠《ほり》向こうの仁念寺《にんねんじ》という寺の養女じゃそうな」
「えっ! お寺! お寺でござりまするとな!」
「さよう――住持が大の碁気違いじゃそうでの。それから、なんでもあの小女に、もうひとり有名なおくびょう者じゃそうなが唖の兄とかがあって、どういうつごうでか、その兄もいっしょに養われているとかいうことじゃわ」
 濠向こうの寺、そしてその寺の養女とおくびょう者の唖《おし》の兄? ――なにものか胸中に明察のついたもののごとく、ぴくりとまゆを動かして考え込んでいましたが、そのまま右門はおし黙って、ぷいと立ち去りました。ただにぷいと城中を立ち去ったばかりではなく、実に不思議――それっきりむっつり右門の姿は、どこへ行ったものか、皆目行くえがわからなくなってしまいました。宿へもかえらず、おしゃべり屋の伝六もそこへ置いてきぼりにしたままで、さながら地へもぐりでもしたかのように、煙のごとく城下からぷいと消えてなくなって
前へ 次へ
全56ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング