どり腰元たちがぞろぞろとそこへ現われてまいりましたので、冗談かと思うと、ほんとうに右門は鼻をもっていって、ひとりひとり彼女らの招かばなびかんばかりな色香も深い膚のにおいを順々にかいでいましたが、すべてでおよそ七十人、しかしかぎ終わったかれの面には、来たときと違って、どうしたことか、はなはだしい失望の色が見えました。少し見込みがはずれたかな――というように首をひねりながら、しばらく考えていましたが、やがてぷいと立ち上がると、ややうなだれて、あっけにとられている腰元たちをしり目にかけながら、さっと引きさがってしまいました。
だが、かえりつくと、そこに三つ指ついてつつましく待っていたものは、前夜来から旅寝の間の侍女として伊豆守がお貸しさげくださったあのゆみで、右門はまだ朝食もとっていなかったものでしたから、ゆみは右門のむっつりとしておし黙りながら考え込んでいる姿を見ると、ことばをかけるのを恐れるように、おずおずといいました。
「あの……朝のものが整ってでござりまするが……」
「おう、そうか! では、いただかしてもらいましょう」
なにげなくお茶わんを差し出して、なにげなくそれをお給仕盆に受け取ったおゆみの腕首をちらりと見守ったときでした。実に意外! たしかに前夜見たときはなかったはずの腕首に、まっかなばらがきのあとが――さるかねこにでもひっかかれたように、赤いみみずばれの跡がはっきりとついていたものでしたから、突然右門の胸はどきどきと高鳴りました。しかも、それがまだ新しいつめの跡らしかったのでしたから、右門はやや鋭く尋ねました。
「そなた、けさほど姿を見せなかったようじゃが、どこへ行ってこられた」
「えっ!」
「おどろかんでもいい。見れば、手首にみみずばれの跡があるが、さるにでもひっかかれましたか!」
と――ぎくりとなったようにうろたえて、その腕首をあわてながらそでにおし隠したものでしたから、右門は心の底までをも見抜くようにじっと彼女の顔を射すくめていましたが、はしもつけないで突然ぷいと立ち上がりました。目ざしたところは、いうまでもなく城中で、ふたたび例のようにどんどんと大奥までも参向すると、突如として伊豆守にいったものです。
「ゆうべお貸し下げの弓とか申すあの小女は、殿さまのお腰元でござりまするか」
「さようじゃ。城中第一の美姫《びき》、まだつぼみのままじゃが、所望ならば江戸へのみやげにつかわしてもよいぞ」
「またしてもご冗談でござりますか、そのような浮いた話ではござりませぬ。あの者の素姓をご存じにござりまするか」
「よくは存ぜぬが、ついこの濠《ほり》向こうの仁念寺《にんねんじ》という寺の養女じゃそうな」
「えっ! お寺! お寺でござりまするとな!」
「さよう――住持が大の碁気違いじゃそうでの。それから、なんでもあの小女に、もうひとり有名なおくびょう者じゃそうなが唖の兄とかがあって、どういうつごうでか、その兄もいっしょに養われているとかいうことじゃわ」
濠向こうの寺、そしてその寺の養女とおくびょう者の唖《おし》の兄? ――なにものか胸中に明察のついたもののごとく、ぴくりとまゆを動かして考え込んでいましたが、そのまま右門はおし黙って、ぷいと立ち去りました。ただにぷいと城中を立ち去ったばかりではなく、実に不思議――それっきりむっつり右門の姿は、どこへ行ったものか、皆目行くえがわからなくなってしまいました。宿へもかえらず、おしゃべり屋の伝六もそこへ置いてきぼりにしたままで、さながら地へもぐりでもしたかのように、煙のごとく城下からぷいと消えてなくなってしまいました。
5
けれども、そのかわりに、同じ日の夕暮れどきから、むっつり右門のいなくなったのに安心でもしたかのごとく、ぽっかりとどこからかひとりの怪しい秩父《ちちぶ》名物のさるまわしが、忍《おし》の城下の羽生街道口に現われてまいりました。見ると、そのさるまわしはもう五十をすぎた老人で、腰はよぼよぼと弓のごとく曲がり、目にはいっぱいの目やにがたまって、顔は赤黒く日にやけ、いかにも見すぼらしいかっこうでした。だのに、怪しいそのさるまわしは、たえず何者かを恐れつつ、それでいてたえず何者かを捜し求めでもするかのように、きょときょととまわりを見まわしながら、どっかりと道ばたに腰をすえると、道ゆく城下の人たちを集めて、一文二文のお鳥目を請い受けながら、じょうずにさるをあやつりました。さるもきわめて手なれたもののごとく、よくさるつかいの命に従いましたが、しかし、さるつかいの目は、さるを踊らしながらも、不断に城下のほうへそそがれました。そして、ちらりとでも虚無僧姿の男が見えると、よぼよぼの腰でありながら、すばらしい早さでどこともなく姿をかくし、見えなくなるとまたどこからか現われて、
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