しながら、やや悲しげにいいました。
「まてッ。わしがきさまに内聞にしろといったのは、この手の傷だ。美しい人の美しい心ざし、よくみてやりな」
そして、なおよよとばかりに泣き伏していたお弓のむっちりと美しい右手を取りあげながら、そおっと伝六の目の先につきつけたものでしたから、伝六はいぶかって、まじまじと見ながめていましたが、やがて吐き出すようにいいました。
「こんなもの、なにもありがてえ傷あとでもなんでもねえんじゃごわせんか。ねこかさるにでもひっかかれたつめのあとじゃごわせんか」
その伝六の不平そうなことばを聞いて、右門はしばし瞑黙《めいもく》しながら考えていましたが、わからなければしかたがない、知らせてやろう、といったように、そっと一枚のちいさな紙きれをふところから取り出して、伝六の鼻先へ黙々とさし出しました。見ると、紙片には次のようなうるわしい女文字の水茎のあとが、はっきりと書かれてありました。
「――おあにいさま、おあにいさま。お美しいおかたをはじめてかいま見て、女が恋を――一生一度の恋をいたしまするのは、おわるいことでございましょうか! おあにいさまはおりがあったら江戸からお下りのおかたのお命を奪えとのおいいつけでございましたけれど、そのかたが、そのかたがお美しすぎるためにわたくしの心がみだれましたら、人としてまちがった道でござりましょうか! いいえ、人の道としてではござりませぬ。女として、そのおかたさまにはじめての恋をおぼえましたために、お命をいただくことができませなんだら、わるいことでござりましょうか! おわるいことでござりましょうか!」
繰り返し繰り返し読み直していたようでしたが、ようやくいっさいがわかりましたものか、伝六が打って変わって、うめくようにいいました。
「いや、とっくりとわかりました。あっしももらい泣きをいたしやした。じゃ、このお弓さんが唖とかいった先ほどのあのお寺の若衆のお妹御でござんしたんですね。この手紙を書いて、その唖のおあにいさんとご筆談をしたときにおしかりなさられて、さるめにひっかかれたんですね。そいつをだんなが、あそこであの唖の下手人をくくし上げたときに、お手にでも入れたんですね」
右門は黙ってうなずいていましたが、伝六のそのことばを聞いてたえ入るもののようにひときわ泣きむせびだしたお弓のいじらしい姿をみると、決心したかのご
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