ゃが、奇怪なことには、どれもこれもが一様にみんなそろって右腕ばかりを切りとられたんじゃから、ちっとばかりいぶかしいつじ切りではないか」
「なるほど、少し不思議でござりまするな」
口では少し不思議でござりまするなというにはいいましたが、右門はしかしそのとき、心の中でいささか失望を感じました。家中の者の腕っききばかりをねらって、その右腕をのみ切り取るという点は、いかにも不思議に思えば思えないこともありませんでしたが、なにしろたくさんある流儀のことでしたから、考えようによれば剣法の中にだって右腕ばかりを切るというような一派が全然ないとは保証できなかったからです。かりに一歩を譲って、そういうような流儀がなかったにしても、剣士によってずいぶんと右小手のみを得意とするつかい手がないとは断言できないんですから、むやみと奇怪がるのも少々考えもので、してみれば何か江戸と連絡のある犯罪ではあるまいかなぞと先っ走りをして考えたことも全然の思いすごしであり、したがってわざわざ羽生街道を迂回《うかい》したことも、久喜の茶店からご苦労さまにさるまわしのあとをつけてきたことも、今となってはとんだお笑いぐさとしか考えられなくなったものでしたから、右門はその二つの理由からして、大いに失望を感じないわけにはいかなくなりました。
「なるほど、奇怪でござりまするな。奇怪と考えれば奇怪に考えられぬわけもござりませぬな」
少し不平がましい口つきで、皮肉ととれば皮肉ともとられるようなつぶやきを、うわのそらでそんなふうにくり返していましたが、そのときしかし、右門の心鏡は、突如ぴかり――と例のように裏側からさえ渡ってまいりました。しばしば申しあげましたかれ独特の見込み捜索、すなわちあのからめての戦法なんで、まてよ、そうかんたんに失望するのはまだ早すぎるぞ、と思いつきましたもんでしたから、ふいっと顔をあげると、遠くからまじまじ伊豆守のおもてを穴のあくほど見つめました。見ているうちに、かれの緻密《ちみつ》このうえもなき明知は利刃のごとくにさえ渡って、犯行のあった土地が徳川宿老のご城下であるという点と、さながらその犯行が伊豆守の帰藩を待つようにして突発したというその二つの点に、ふと大きな疑問がわいてまいりましたものでしたから、右門は猪突《ちょとつ》にことばをかけました。
「ぶしつけなお尋ねにござりまするが、お多忙なお
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