古今|未曾有《みぞう》の出世となったわけで、だからその功を盗まれた彼女らの父親が、悲憤のうちに悶死《もんし》したのは当然なことにちがいなく、しかし、その臨終のときに父親は、まだいたいけな子娘だった彼女ら姉妹に、おどろくべき一語を言いのこしたのです。ふくしゅうをしろ。必ずこのふくしゅうをしろ。それも最も残忍な方法で。あの名笛は七年間の心血をそそいだものだから、それに相当するだけの最も残忍な方法で、必ずふくしゅうをしろ――実に恐るべき一語といわなければなりませんが、ことほどさように、彼女らの父親の悲憤のさまが彷彿《ほうふつ》と思い浮かべられますが、だから、久之進がいくぶんの罪滅ぼしというつもりから、彼女ら姉妹をその邸内に引き取ってくれたのをさいわいに、そのふくしゅうの機会をねらっていると、十年ののちに好機きたる! あの片目の用人が、何かのことから手討ちにされて首を飛ばされてしまったのです。ところが、その首の形相がすごいにもすごいにも、半眼をあけてきっと久之進をにらみつけたものでしたから、伊豆守が折り紙をつけたとおり、小心なにわか旗本の小田切久之進は、その夜からうなされるというわけで、そこへ目をつけたのは、残忍な方法でという遺言を守りながら、十年|臥薪嘗胆《がしんしょうたん》をしていた姉妹たちでした。片目の首を取っ替え取っ替え胸の上にのっけておいたら、手討ちにした用人の怨霊《おんりょう》とおじけあがって、いまに小胆な久之進が狂い死にするだろうと考えついたわけで、まことに小心な久之進にしてみれば、このくらい残忍にしてかつまたぶきみなふくしゅうのされ方というものはまたとないわけですが、したがって事件の発生当時から、一はおのれの旧悪をおおわんがために、二にはおのれの旗本にも似合わしからぬ小胆をおし隠そうためから、ごく内密にという条件が付されたわけでした。けれども、問題はその無数の首ですB出所はむろん右門のにらんだとおり、あとの四つも小塚ッ原の獄門首だったのですが、しかし、いかにしてかかる無数の生首を天下のご法に反して手に入れたか! まっかになってうつむいていた姉娘の代わりに、それらの首の提供者であった小塚ッ原の獄門番人の見るからにけがらわしい中年の非人が、べろり舌なめずりをして恬然《てんぜん》と答えました。
「えへへヘヘヘ。獄門首にしろ、ともかくもお上の預かりものなんですからね。それをくれてやるからにゃ、銭金ぐらいの安い代償じゃ、命にかかわるご法はまげませんよ。あの姉のほうの、まっかな顔をしてうつむいている、そこの美しい女の子の、命よりもたいせつな雪の膚をちょうだいしたんですよ」
貞操との交換といったそのひとことには、がらっ八なることおしゃべり屋の伝六までがまゆをひそめていましたが、事件に組みした連座の者を八丁堀の平牢《ひらろう》にさげてしまうと、ふと思いついたか、伝六がたちまちおしゃべり屋のお株を発揮して、黙々とゆううつげに押し黙っている右門に、しつこく話しかけました。
「ね、だんな、それにしても、あっしゃ解せないことがあるんですがね。このまえの南蛮幽霊のときにゃ、だんなはその耳でほしを聞きあてたとおっしゃいましたが、今度のほしはなんでかぎ出したんでがすかい? あっしにゃ、今もってあの女を下手人とだんなのにらんだことがわかりやせんがね」
と――右門の顔が少しばかり明るくなったと思うと、ねっちりいいました。
「それが初めはおれも、おれに似合わねえ大早がてんをしたものさ。きさまからあの片目の用人のせがれのならず者の話を聞いたときにゃ、てっきりほしと思ったんだが、あとで考えてみると大笑いだよ。お旗本の用人といや、ともかくもりっぱな二本差しの身分だろ。そのせがれなら、いかにならず者でも武士のはしくれだから、武士ならばかたき討つのに、あんなまわりくどいまねはしないよ。返り討ちになるにしても、一度はばっさりやる気になるんだからな。としたら、子どものしわざか、女の子のしわざか、刀持つすべを知らない人間とにらむな順序じゃないか。それに、あのときご注進に来た敬四郎の手下の者の話を聞くと、まだ屋敷の外に綱張っているうちに、また首が床の間にあったといったからな、こいつ屋敷の中に巣食っている人間のしわざだなとにらんだだけさ。そこへきさまが、きつねつきの女がいるといったものだから、ぴんときたのさ。きつねつきときちゃ、怪談に縁のあるしろものだからな」
「なるほどね。しかし、あの御嶽行者のまじないは、なんのためでがしたい?」
「きつねつきがほんものかにせものかをためしただけだよ。ところが、大にせものさ。ほんものだったら、一二三四でも百まででも、こっちの口まねをするから数えるだけいわれるがね。こっちで数えないでその逆をいってみろというと、そこがけだもののあさましさ、数字の観念がないからな、口まねならいえるが、自分で数えることはできないものだよ。しかるに、あの女にせものだったから、その計略を知らずに、べらべらとつい人間の本性を出して自分で数えたのさ」
「それにしても、なんできつねつきなんぞのまねをしたのかね。あったら女がバカなことをしたものじゃごわせんか」
すると、右門は急に悲しげな表情を現わして、ほんとうにこの世でいちばん悲しいときの悲しげな表情を現わして、吐き出すように答えました。
「女が命よりもたいせつなはだを、人の仲間にもはいれない非人に許すんだもの、気違いのまねでもしなきゃ、正気じゃできねえじゃねえか」
――しかし、それほどのしんけんなふくしゅうに、貞操をふみにじってまでも行なったふくしゅうに、上のお慈悲が届かないはずはありませんでした。獄門番の非人は上つ方の女性を犯したうえに首を与えし罪軽からずとなして極刑の斬罪《ざんざい》、旧罪をあばかれた小田切久之進の江戸払いは当然のことでしたが、ふたりの姉妹たちのうえには、人を騒がした罪は憎しとするも、根がかたき討ちにその動機を発していましたものでしたから、四日の入牢《にゅうろう》だけで軽く放免になりました。放免するとき、右門は姉妹たちに寂しい声で言い渡しました。
「ふたりとも尼寺へでもいきなよ――」
寂しい声ではあったが、情けあることばでそういいました。
底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
1996(平成8)年12月20日新装第7刷発行
※本作品中には、今日では差別的表現として受け取れる用語が使用されています。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、あえて発表時のままとしました。(青空文庫)
入力:大野晋
校正:福地博文
1999年6月8日公開
2001年10月3日修正
青空文庫作成ファイル:
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