ながら、出入り禁止の厳重な見まわりをしていましたものでしたから、ばらばらと門内の木立ちの中から見知った顔が現われて、その行く手をさえぎりました。しかし、駕籠にはれきれきとしたご奉行職の絞がある――。
「あっ! ご奉行さまおじきじきにご入来だ! さあ、どうぞお静かに――」
 まことすうと胸のすくこと、駕籠そとの定紋が物をいって、にせ者とは知らずにさっさと道を開いたものでしたから、いかな伝六にもわからないはずはありますまい。人々の視線からのがれて式台ぎわへ駕籠がつくと同時のように、溜飲《りゅういん》をさげていいました。
「さすがはおいらのだんなだ。御用駕籠なぞに納まって、なんにするかと思ってましたが、出入り禁止の見張りのがれに使うたあ、お釈迦《しゃか》様でも気がつきますめえよ。偉い! 偉い! 知恵伊豆様だって、おらがだんなにゃ及びますまいよ!」
 しかし、まだそれでは伝六のほめ方が足りませんでした。なぜかならば、わが親愛なるむっつり右門はただにそれをあばたの敬四郎にむかって使用したばかりではなく、さらにその駕籠の定紋を小田切久之進一家の者に向かって利用したからです。
「ごらんのとおり、てまえども両人はご奉行神尾殿からお話しこうむって、きつねつきのお腰元をお静めに参った御嶽行者でござる。霊験はまことにあらたか、たちまちきつねめは退散させてお目にかけるによって、その者にお会わしくだされい」
 こういわれたら、いかな小田切久之進でも会わさないわけにはいきませんでしたので、せめてきつねつきのほうなりと直してくれたらと思いましたものか、すぐに通しましたものでしたから、右門はすましながら奥へ上がりました。
 と、見ると、なるほど窈窕《ようちょう》としてあでやかなひとりの美人が、おどろ髪に両眼をきょとんとみひらいて、青白い面にはにたにたとぶきみな笑いをのせながら、妹の介添えうけてちょこなんとそこにすわっておりましたから、右門はすぐに言いかけました。
「きさまはどこの野ぎつねじゃ」
「てへへへへ、道灌《どうかん》山のおきつねさまじゃ。きさまこそ、どこのこじき行者じゃ」
 すると、言下に女は下等な笑いをつづけながら、この種のきつねつきがつねにそうするように、目をむいて反抗の態度を示しましたものでしたから、右門も負けずに続けました。
「よろしい、おれの霊験を見せてやろう。おれのいうとおりまねができるな!」
「できるとも!」
「では、一二三四五六七八九十」
「一二三四五六七八九十」
「そのさかしまだ、十から一までいってみい!」
「十九八七六五四三二一!」
 立て板に水を流すごとく、そのきつねつきが答え終わったとたんでありました。
「伝六! きさま、このにせ者のきつねつきと妹とをしょっぴいていって駕籠にのせろ!」
 命じながら先へたって、もう右門が表へおりていったので、伝六のあっけにとられたのはもちろんですが、それ以上あぜんとしたのはお庭先にまだまごまごしていた敬四郎の一味で、今ゆうぜんとしてはいっていったお駕籠のお奉行が実はむっつり右門であったばかりではなく、その右門が身には異様な着衣をまとい、しかもゆうぜんとしながら、きつねつき姉妹をめしとって出てまいりましたものでしたから、等しくその顔の色がさっと変わりました。しかし、顔の色を変えたくらいではもう手おくれで、さっそくお白州へかけてみると、案の定右門のにらんだごとくに、きつねつきはにせ者で、そしてその姉妹両名が、怪談めかしたこの生首事件の真犯人でした。しかも、犯行の動機は、可憐《かれん》といえば可憐ですが、一種しゃれたかたき討ちでした。
 小田切久之進とはやはり血縁の者で、彼女らの父親は小田切久之進の前身と同様、微禄《びろく》なお鷹匠《たかしょう》だったのですが、お鷹匠といえばご存じのとおり、鷹を使って、将軍家がお鷹野へおこしになられたみぎり鷹先を勤める役目ですから、慣らした鷹にとらせるための野鳥小鳥をおびき集めることが必要でした。そのために、すなわち小鳥たちをおびきよせるために、自然お鷹匠たちは小鳥の鳴き声をまねたいろいろの小笛をくふうするもので、ところが彼女らの父親が、その小笛について実に七年という長い年月の心血をそそいだ結果、希代の名品をくふうしたのです。
 それまでは小鳥の種類によっていちいち擬音の小笛を取り替えねばならなかったのですが、新たにくふうされたその名品というのは、一本の竹を吹き方によっていろいろと鳴き分けられるという便利なもので、だが、奸黠《かんきつ》な小田切久之進がことば巧みにその名笛を巻きあげて、まんまとそれを自分のくふうのごとくによそおいながら、将軍家に披露《ひろう》しましたものでしたから、松平伊豆守が右門に小田切久之進のその素姓を物語ったごとく、新規お旗本にお取り立てという
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