のでしたから、右門はただちにお番所の獄門記録について、事件前後に死罪に処せられたさらし首で、右の三名に相当するものの有無を調査いたしました。
 と――ある、ある! 俗称|白縫《しらぬい》のお芳《よし》、窃盗きんちゃっ切りの罪重なるをもって四月三日死罪に処せられしうえ梟首獄門《きょうしゅごくもん》。座頭《ざとう》松の市、朋輩《ほうばい》をあやめしかどにより四月四日|斬罪《ざんざい》のうえ梟首獄門。尾州無宿の久右衛門《きゅうえもん》、破牢の罪により四月五日江戸引きまわしのうえ梟首獄門。しかも、三個ともにさらし首とされたところは小塚ッ原であることまでも判明しましたのでしたから、もうしめたものでした。さみだれをおかしながら、時を移さずに小塚ッ原へ一路ご番所を駆けだそうとすると、いいことのあるときは、いいことの重なるものですが、ばったり出会ったのは伝六で――顔を合わせるやいなや、のっけにいいました。
「おっ、だんな! いいところで会いやした。もう、しめこのうさぎでがすよ」
 なんか新しい材料をつかんできたらしいなということがすぐにわかりましたから、右門はたたみかけてききました。
「きさまも何かひきあげたな」
「え? きさまもというと、じゃ、だんなもほしを拾いましたね。そうと決まりゃてっとり早くいいますがね。ちょうどゆんべでさ。あれからうちへけえったんですが、あばたのだんなにしてやられるかと思うと、いかにも業腹で寝られませんからね、当たって砕けろと思って、実あこっそり小田切のお屋敷へ様子見に出かけたんでがすよ。するてえと、裏口の不浄門がこっそりあいて、中間かなんかでがしょう、いいかげん年寄りのおやじが、とくりをさげて出てきたじゃごわせんか。こいつ寝酒の買い出しだなとにらんだものでしたから、あばたのだんなの手下どもが居眠りしてたのをさいわい、うまいことそのおやじを抱き込んで、二、三本もよりの居酒屋でふるまいながら、すっかりうちの様子聞いちまったんでがすよ」
「なに、うちの様子? そいつぁおめえに似合わないてがらだが、ほしゃどんな筋だ」
「どんなにもこんなにも、つまり、そのほしが下手人でがさあ。ね、そのおやじのいうことにゃ、ついこの一カ月ばかりまえに、小田切のだんなのうちで長年使われていた用人がお手討ちになったっていうんでがすよ。ところが、その首にされた用人の顔てえものがただの顔じゃなくて、つまり、この事件の因縁話になるところだと思うんでがすがね。そら、例の目が、左の目玉が、あの生首の顔のように、一方つぶれていたというんでがすよ。だから、ははんそうか、さてはだれかその用人の身内の者がお手討ちの恨みを晴らすために、あんな左の目のない生首をこしらえて、味なまねしやがったんだなと思いましたからね、すぐにおやじへきいたんでがすよ。その用人にゃ、せがれか、甥《おい》か、血筋の者はなかったかってね」
「あったか!」
「大あり、大あり。二十五、六のせがれで、飲む、打つ、買うの三拍子そろったならず者があったというからね、あっしゃもうてっきりそいつのしわざだと思うんでがすがね」
「ちげえねえ」
 その報告が事実とするなら、まさにこれは「ちげえねえ」にちがいありますまい。手討ちにされた用人の片目であったところから思いついて、生首の左の目玉ばかりを同じようにくりぬき、これでもかこれでもかと、いやがらせにあんなまねをしたにちがいないので、それにしては今までの苦心の大きかった割合に、あまりにもてっとり早く下手人のめぼしがつきすぎたものですが、しかし、だいたいのほしがついた以上はもう猶予がなりませんでしたから、小塚ッ原行きなぞはむろん不必要、伝六が聞いてきたそのならず者の宿所をたよりに、右門はすぐさまめしとりの行動を開始いたしました。
 伝六は十手、取りなわ、右門はふところ手に例の細身を長めにおとして、雨中を表へご番所を門から出ようとすると、行き違いに向こうから、意気|昂然《こうぜん》とひとりのなわつきを従えながらやって参りました者がありました。だれでもない、あばたの敬四郎です。
「あっ!」
 同時にそれを認めた伝六があっといいましたので、右門もぴんと感じてささやきました。
「あのなわつきが、きさまの聞いたほしか!」
「そうらしいでがすよ、そうらしいでがすよ。おやじの話した人相書きによると、その若い野郎は右ほおに刀傷があるといいましたからね。ちえッ! ひと足先にやられたか。くやしいな! いかにもくやしいな!」
 まことならば万事休す!

    4

 だが、事実は、そこからさらに怪談以上の怪談に続いていたから、まだまだ、万事は休さなかった。しょっぴいてきた若者をお白州へ引きすえて、大得意の敬四郎がぴしぴしと痛み吟味をかけているさいちゅうへ、その配下の者がまろび込むよう
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