しも気がつきやしたがね。なんでも、その姉娘はすばらしい器量よしだそうなが、どうしたことか、ついこの五、六日まえから急にきつねつきになったそうでがすよ」
「なに、きつねつき!?[#「!」と「?」は横一列]」
「突然きゃっというかと思うと、いきなりげらげらと笑ってみたりしてね、いちんちじゅう夜となく昼となく髪をおどろにふりみだしながら、屋敷じゅうをうろうろしてるとかいいましたよ」
 聞きながら、右門はじっと目をとじて何ものかをさぐっていましたが、突然意想外なことを伝六に命じました。
「よしッ。きさま今から古着屋へとっ走って、御嶽行者《おんたけぎょうじゃ》の衣装を二組み借りてこい」
 意表をついた命令で目をぱちくりしている伝六をしり目にかけながら、右門はそのまますうと内奥へやって参りました。内奥はいわずと知れた南町奉行神尾元勝のお座所です。そのことがすでに不思議なところへ、右門はいよいよ不思議なことをおくめんもなくお奉行へ猪突《ちょとつ》に申し入れました。
「ちと必要がござりまして、ご奉行職ご乗用の御用|駕籠《かご》を二丁ばかりご拝借願いたいものでござりますが、いかがなものでござりましょうか」
「私用ではあるまいな」
「むろん、公用にござります」
「公用とあらば、お上の聞こえもさしつかえあるまい。自由にいたせ」
 お許しが出たものでしたから、右門は飛んでかえると、ただちに供の者へ出駕《しゅつが》の用意を命じました。ところへ、伝六が命じた御嶽行者の装束を抱きかかえながら、帰ってまいりましたので、右門は即座にその一着を自身にまとい、他の一着を驚き怪しんでいる伝六にまとわせて、すっかり御嶽教の怪行者になりすましてしまうと、定紋打ったる奉行職の御用駕籠にはみずからうち乗り、紋ぬきのご番所駕籠には伝六をうち乗せながら、番町の小田切邸ヘ――ほがらかな声でそう行き先を命じたものでしたから、伝六はとうとう奇声をあげて、うしろの駕籠から呼びかけました。
「だんな! 気はたしかですかい?」
「しゃべるな、きょう一日は近藤右門が南町奉行、きさまは供の者だ」
 まったく、駕籠だけの外観を見た者はだれしもそう解釈したいいでたちで――行くほどにやがて近まってまいりましたものは小田切久之進の陰気な屋敷。むろんのことに、敬四郎がもうひと足先に駆けつけ、配下の者を集めも鳩首謀議《きゅうしゅぼうぎ》をこらし
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