ったいありますものかね」
「いかがいたした」
「あっしの頭の上に、なにか雲のようなものが突然ふうわりと舞い下がりましてね、それっきりあっしゃ眠らされてしまったんですよ」
「なに、眠らされた?」
その一語をきくと同時に、むっつり右門の苦み走った面には、さっと血の色がわき上がりました。これがまたどうして色めきたたずにいられましょうぞ! 現在同僚たちが色を失って右往左往と立ち騒いでいる長助殺しの事件の裏にも、坂上親子の陳述によれば、同じその眠りの術が施されていましたので、右門の面はただに血の色がわき上がったばかりではなく、その両眼はにわかに異様な輝きを帯びてまいりました。心をはずませてひざをのり出すと、たたみかけて尋ねました。
「事実ならばいかにも奇怪じゃが、その眠りというのは、どんなもようじゃった」
「まるで穴の中へでもひきずり込まれるような眠けでござんした」
「で、金はその間に紛失いたしておったというんじゃな」
「へえい、さようで……ですから、目のくり玉をでんぐらかえして、すぐと数寄屋橋《すきやばし》のお奉行所へ駆け込み訴訟をしたんですが、なんでございますか、お役人はあちらにもご当番の
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