行つた
私は 身を凭【もた】せてゐる
おまへは だまつて 脊を向けてゐる
ごらん かへりおくれた
鳥が一羽 低く飛んでゐる
私らに 一日が
はてしなく 長かつたやうに
雲に 鳥に
そして あの夕ぐれの花たちに
私らの 短いいのちが
どれだけ ねたましく おもへるだらうか
III さびしき野辺
いま だれかが 私に
花の名を ささやいて行つた
私の耳に 風が それを告げた
追憶の日のやうに
いま だれかが しづかに
身をおこす 私のそばに
もつれ飛ぶ ちひさい蝶らに
手をさしのべるやうに
ああ しかし と
なぜ私は いふのだろう
そのひとは だれでもいい と
いま だれかが とほく
私の名を 呼んでゐる……ああ しかし
私は答へない おまへ だれでもないひとに
IV 夢のあと
《おまへの 心は
わからなくなつた
《私の こころは
わからなくなつた
かけた月が 空のなかばに
かかつてゐる 梢のあひだに――
いつか 風が やんでゐる
蚊の鳴く声が かすかにきこえる
それは そのまま 過ぎるだらう!
私らのまはりの この しづかな夜
きつといつかは (あれはむかしのことだつた)と
私らの こころが おもひかえすだけならば! ……
《おまへの心は わからなくなつた
《私のこころは わからなくなつた
V また落葉林で
いつの間 もう秋! 昨日は
夏だつた……おだやかな陽気な
陽ざしが 林のなかに ざわめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに
おまへが私のところからかへつて行つたときに
あのあたりには うすい紫の花が咲いてゐた
そしていま おまへは 告げてよこす
私らは別離に耐へることが出来る と
澄んだ空に 大きなひびきが
鳴りわたる 出発のやうに
私は雲を見る 私はとほい山脈【やまなみ】を見る
おまへは雲を見る おまへはとほい山脈を見る
しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼【まな】ざし……
かへつて来て みたす日は いつかへり来る?
VI 朝 に
おまへの心が 明るい花の
ひとむれのやうに いつも
眼ざめた僕の心に はなしかける
《ひとときの朝の この澄んだ空 青い空
傷ついた 僕の心から
棘【とげ】を抜いてくれたのは おまへの心の
あどけない ほほゑみだ そして
他愛もない おまへ
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