いろいろなものがやさしく見いるので
唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ
のちのおもひに
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を
うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て來たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……
夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
夏花の歌
その一
空と牧場のあひだから ひとつの雲が湧きおこり
小川の水面に かげをおとす
水の底には ひとつの魚が
身をくねらせて 日に光る
それはあの日の夏のこと!
いつの日にか もう返らない夢のひととき
黙つた僕らは 足に藻草をからませて
ふたつの影を ずるさうにながれにまかせて揺らせてゐた
……小川の水のせせらぎは
けふもあの日とかはらずに
風にさ
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