た雲がながれてゐる
明るい青い暑い空に 何のかはりもなかつたやうに
小鳥のうたがひびいてゐる 花のいろがにほつてゐる
おまへの睫毛にも ちひさな虹が憩んでゐることだらう
(しかしおまへはもう僕を愛してゐない
僕はおまへを愛してゐない)
夏の弔ひ
逝いた私の時たちが
私の心を金(きん)にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと
昨日と明日との間には
ふかい紺青の溝がひかれて過ぎてゐる
投げて捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
何もがすべて消えてしまつた! 筋書きどほりに
それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
月の光にてらされた岬々の村々を
暑い 涸いた野を
おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
私が待ち それを しづかに諦めた――)
忘れてしまつて
深い秋が訪れた!(春を含んで)
湖は陽にかがやいて光つてゐて
鳥はひろいひろい空を飛びながら
色どりのきれいな山の腹を峡の方に行く
葡萄も無花果も豊かに熟れた
もう穀物の収穫ははじまつてゐる
雲がひとつふたつながれて行くのは
草の上に眺めながら寝そべつてゐよう
私は ひとりに とりのこされた!
私の眼はもう凋落を見るにはあまりに明るい
しかしその眼は時の祝祭に耐へないちひささ!
このままで 暖かな冬がめぐらう
風が木の葉を播き散らす日にも――私は信じる
静かな音楽にかなふ和やかだけで と
底本:「立原道造全集第1巻」角川書店
1971(昭和46)年6月20日
オリジナル:1937(昭和12)年5月12日 自費出版
入力:八巻美恵
1997年9月11日公開
2000年8月1日修正
青空文庫作成ファイル:
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