校八百の生徒にとって、かけがえのない心の燈火であり、生命の泉であったのであります。
 私たちは、朝倉先生が我校を去られる真の理由が何であるかは全く知りません。しかし、それが先生自ら私たちを教えるに足らずと考えられた結果でないことは、これまでの先生の私たちを導かれた御態度に照らしても明らかであります。また、私たちは、先生が、いかなる事情の下においても、教育家として社会から指弾《しだん》されるような言動に出られようとは、断じて信じることが出来ません。従って、私たちは、先生が我校を去らなければならない絶対の理由を発見するに苦しむものであります。
 知事閣下、並に校長先生、願わくは八百学徒の伸びゆく生命のために、また、我校の平和のために、そして、国家社会に真に正しい道義を確立するために、朝倉先生が永く我校に止まられるよう、あらゆる援助を賜わらんことを。
 右血書を以て謹んでお願いいたします。
   昭和七年六月二十七日

 次郎は、年月日を書いたあと、すぐその下に自分の姓名を書こうとしたが、それは思いとまった。もし多数の生徒たちが墨書で署名するようだったら、自分も人並に墨書する方がいいと思った
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