きしるすために、いそいで家にはいり、階段をのぼりかけたが、その時はじめて徹太郎の来ているのに気がつき、思わず立ちどまって耳をすました。
「時勢が時勢でないと、こんなことはむしろ美しいことですがね。」
徹太郎の声である。話はもう大よそすんだらしい口ぶりである。
「次郎がどこまで考えてそんなことをやろうとしているのか、とにかく、あとで私からよくききただしてみることにしましょう。」
「ええ、そうなすった方がいいと思います。ほっておいて世間をさわがすようなことになっても、つまりませんからね。……じゃ失礼します。」
次郎はいそいで階段を上りながら、徹太郎叔父も、学校の先生だけあって、やはりこんな場合には事なかれ主義らしい、という気がして、ちょっとさびしかった。道江がお芳か姉の敏子(徹太郎の妻)かにしゃべったのはもうたしかであり、そのあまりなたよりなさには、むかむかと腹も立った。
俊三はもうその時には蚊帳のなかでいびきをかいていた。
次郎には、なぜか、俊三がにくらしくもあわれにも思えた。そして、机によりかかってじっといびきに耳をかたむけるうちに、子供のころの自分の生活に、よかれあしかれ、あ
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