けて、彼女と馬田との関係を問いただしてみたいような衝動を感じながら、草をむしっていたが、彼女のすがたが見えなくなると、
「もう誰かにしゃべったんじゃないかね。」
「何をさ?」
俊三はとぼけたような顔をしている。
「留任運動の話さ。」
「留任運動をやるってこと、道江さんにも、もう話したんかい。」
「うむ……」
次郎はまごついた。俊三は、かまわず、
「話したんなら、しゃべったってしようがないよ。さっき鶏舎で母さんに何かこそこそ言っていたが、その話かも知れないね。」
次郎はやけに草を引きぬき、旱天つづきでぼさぼさした畑の土を、あたりの青い菜っ葉にまきちらした。それは、道江や、馬田や、自分自身に対する腹立たしさからばかりではなかった。道江をまるで眼中においてない俊三の態度が、変に彼の気持をいらだたせたのである。
しかし、夕方になって風呂にひたった時には、彼はもう何もかも忘れて、一途に血書のことばかり考えていた。
湯ぶねのふちに頭をもたせて、見るともなく眼のまえの棚を見ていた彼は、ふと、その上に、父の俊亮がいつも使う西洋かみそりがのっているのに眼をとめた。彼は、めずらしいものでも見つけ
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