」
平尾は、ここだとばかり力をこめて答えた。梅本は、しかし、それをきき流すように、
「ところで、それは君が直接朝倉先生にきいたことかね。」
「むろんだ。」
「いつきいたんだ。」
「実はきのう、先生をおたずねしてみたんだよ。」
「君ひとりで?」
「うむ。」
「何のためにおたずねしたんだ。」
「きょうの会議をやるのに参考になるだろうと思ったからさ。」
「すると、きょうの会議のことを先生に話したんだね。」
「話したさ。それを話さなくちゃ、先生のお考えがわからないんだから。」
「先生のお考えなら、話さなくてもわかりきっているとは思わなかったのか。」
平尾は行きづまって、その狸のような口をいやに固く結んだ。
「平尾君!」
と、梅本は、いつも弁論会の時にやるように、こぶしで自分の前の机を一つたたいて、
「君は、きょうはこの会議の座長たる資格はない! 田上君と代りたまえ。」
みんなの視線が一せいに梅本に集まった。平尾もさすがにきっとなって、
「座長たる資格がない? それはどういう理由だ。」
「われわれは、先生を侮辱した人間を座長にして、先生のことを相談することは出来ないんだ。」
「僕が先生を侮辱したって?」
「侮辱したんだろう。自分でそれがわからんのか。」
「わからんよ。僕はそんなことを言われるのは全く意外だね。」
「平尾君!」
と、もう一度梅本は叫んで、つっ立ちあがった。そのひょうしに今までかけていた腰掛が大きな音を立てて、うしろにひっくりかえった。色の黒い美少年の眼は、らんらんと輝いている。
「君が朝倉先生をおたずねしたのは、先生のお気持をたしかめるためだったんじゃないか。」
「そうだよ。」
「そうすると、君は、先生が或は留任運動を喜ばれるかも知れん、と考えていたわけだろう。それが先生の人格に対する侮辱でないといえるか。」
平尾は、近眼鏡の奥で眼を神経的にぱちぱちさせるだけで、返事をしない。
「どうだ、諸君、諸君はこれを侮辱ではないと思うか。」
と、梅本はぐるりとみんなを見まわした。
「むろん侮辱だ!」
「先生を知らないにもほどがある!」
「留任運動を喜ぶような先生のために、僕らは留任運動をやろうとしているのではないんだ。」
そんな叫び声が方々からきこえた。すると誰かがまぜっかえすように、
「平尾は、朝倉先生をそんな先生だと思っているから、留任運動がやりたくな
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