まれて行くのを感じた。運命は、彼の魂《たましい》のよりどころであった朝倉先生を彼から奪いとったその日に、そして、永い間彼が情熱を傾けて来た学窓生活から彼を逐《お》い出そうとおびやかしはじめたその日に、彼にはっきりと恋を意識させ、しかもその恋の空しいことを意識させたのである。
次郎の視線は力なく道江の顔をはなれた。彼はその視線を一たんは恭一の方に向けかえようとしたが、それは、彼自身でも意識しない心の底のある波動にさまたげられて、畳の上に落ちてしまった。
「次郎さん、やけになったりしちゃあつまりませんわ。お父さんに早くご相談なすったらどう?……ねえ、恭一さん。」
道江が、まだぬれている眼を恭一の方に向けながら言った。
恭一は、しかし、道江には答えないで、しばらく考えたあと、次郎に言った。
「どうだい、父さんにお願いして、今日のうちに曾根少佐のうちに行ってもらっては。」
「曾根少佐のうちに? 父さんが? 何しに行くんだい。」
「あやまりにさ。」
「ばかいってらあ。」
次郎はどなりつけるように言って、鋭い眼を恭一にむけた。が、すぐその眼をおとして、
「あやまる必要があれば、僕が自分であやまるんだ。」
彼は、父がまだ酒屋をしていたころ、自分の無思慮な行為のために、父といっしょに春月亭の内儀にあやまりに行った時のことを思いおこしていた。しかし、曾根少佐に対してとった自分の態度が、あの時のような無思慮なものであったとは、どうしても思えなかったのである。
「じゃあ、自分であやまりに行ったら、どうだい。」
「あやまる必要があるんかい。」
「あるよ。」
「何をあやまるんだい。僕の言ったことは間違っていましたって、あやまるんかい。」
次郎の調子はいかにも皮肉だった。口もとにはかすかな冷笑さえ浮かんでいた。
「問答の内容じゃないよ。いけなかったのは君の態度だよ。」
「僕は乱暴な態度に出た覚《おぼ》えはないんだ。帰りには、きちんと敬礼もして出て来たんだ。」
次郎は、そんなことを言う自分が内心恥ずかしかった。しかし、なぜかあとへは引かれない気持だった。
「敬礼ばかりしたって、口で失礼なことを言やあ、駄目さ。権力で圧迫するなんて、真正面から生徒に言われたら、どんな先生だって怒るよ。」
「しかし、それが本当だから仕方がないじゃないか。ほんとうのことを言われて、それを失礼だと思うなら、
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