取っている一団が、わざとのように騒ぎ立てるせいでもあった。その一団の中には、ふだん馬田と親しくしている生徒たちの顔が幾人かならんでおり、馬田は教室内ではあったが、すぐその近くの窓ぎわに席を占めていたのである。
 とうとうたまりかねたように新賀が立ち上った。しかし、立ち上っただけでは十分でないと見たのか、いきなり生徒机の上に飛びあがり、隣りあった二脚をふみ台にして、大きく足をふんばった。廊下も室内も急にしずかになり、みんなの視線は一せいに彼に注がれた。彼はちょうど室の中央にいたので、みんなは銅像をとりまいてそれを仰いでいるような恰好であった。彼のふみ台になった机によりかかっていた生徒たちは、眼をまるくして真下から彼を見あげた。
 彼は一巡みんなを見まわしたあと、――といっても、真うしろの方には視線がとどかなかったが、――低いゆっくりした、しかし威圧するような声で言った。
「君らは、血書を出す時、ストライキは絶対にやらんという約束をしたのを、もう忘れたのか。」
「誰がそんな約束をしたんだ。僕らは知らんぞ。」
 誰かが廊下の方から言った。
「君は誰だ。」
 と、新賀は声のした方にじっと眼をすえ、
「この会は校友会の委員会だ。だから僕は委員諸君にたずねている。委員以外のものはだまっていてくれたまえ。」
 廊下の方にぶつぶつ言う声がきこえ、室内もいくらかざわめき立った。新賀は、しかし、平然として、
「どうだ、委員諸君、君らは約束を忘れたのか。」
 誰も答えるものがない。沈默の中にみんなの眼だけがやたらに動いた。
 とりわけ動いたのは馬田の眼だった。彼は新賀が立ち上った瞬間から、冷笑するような、それでいて変に落ちつかない眼をして、あちらこちらを見まわしていたが、沈默がつづくにつれ、それが次第にはげしくなり、しまいには、顔をねじ向けて廊下の仲間の一団を見た。そして何かうなずくような恰好をしたあと、わざとのように天井を見、いかにもはぐらかすような調子で言った。
「そんな約束なんか、どうだっていいじゃないか。」
「ふざけるな!」
 と、新賀は一喝して馬田をねめつけた。馬田もみんなの手まえ、さすがにきっとなって、
「ふざけるなとは何だ。僕はまじめだぞ。」
「一旦結んだ約束を、どうでもいいなんて、まじめで言えるか。」
「言える。目的にそわない約束は無視した方がいいんだ。」
「そうだ!」

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