まだ、そんなことの出来るほど偉い人間でもなさそうです。」
「はっはっ。すいぶん手きびしいね。」
「ところが、次郎君自身は、僕らにそんなことを言われたのが非常に不服らしいんです。」
「すると、宝鏡先生にあやまろうというのか。」
「ええ、僕らが反対すれば、絶交でもしかねない見幕でした。」
「絶交が大ばやりなんだな。……で本田は、兄さんとしてどういう考えだ。」
「僕は――」
 と、恭一は、少し顔を赧《あか》らめて、
「次郎が進んであやまると言うなら、あやまらした方がいいと思っていました。しかし、大沢君の考えをきいているうちに、それも不安なような気がして来たんです。」
「うむ。――」
 と、朝倉先生は、しばらく考えていたが、
「次郎君のことは、学校の問題としては、校長にもお話して、もう済んだ事になっているから別に心配せんでもいい。しかし、よく考えてみると、こういうことは学校だけに起る問題ではないんだ。形はちがっても、世間にはそうしたことがざらにある。君らも、将来、次郎君のような羽目に陥《おちい》ることがないとは限らん。これを機会にみんなで真面目に考えてみることだね。」
 その時、奥さんが、

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