だ私が悪うございましたと言えば、それでかえって誤解がとけることもある。むろん、普通なら誤解した方が誤解された方にあやまるのがあたりまえさ。しかし、それがあべこべになっても、そのために、ほんとうに誤解がとけて、双方の気持が晴れやかになるんだったら、そうして悪いわけはない。こんなことを言うと、それでは正しいことが闇に葬られてしまうではないか、と君は言うかもしれん。しかし、正しいことは天知る、地知るだ。決して葬られてしまうものではない。実は、誤解した人だって、……」
と、朝倉先生は、言いかけて急に口をつぐんだ。
次郎の頭にその時ひらめいたのは、宝鏡先生ではなくて、お祖母さんだった。彼はもう何もかもわかったような気がした。しかし、彼は、やはり首をたれたまま、朝倉先生のつぎの言葉を待った。
「いや、こんなことを今あんまり言うと、無理強いになるかもしれん。私は、決して、是が非でも宝鏡先生に君をあやまらせようとしているんではないんだ。人間はどんな場合にも、心にもないことをやってはいかん。自分で、あくまでもあやまる必要がないと信じているなら、あやまらない方が却っていいんだ。ただ十分考えてだけはみな
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