子でそう言って、半ば腰をうかした。
「ええ。」
 と、小田先生も、あきらめたように、
「じゃあ、本田、用があったらまた呼ぶから、今日はこれで引きとっていいよ。」
 次郎は、朝倉先生に対して済まないような、それでいて何か物足りないような気がしながら、立ち上った。朝倉先生は、腰をうかしたまま、いつもの澄んだ眼でじっと彼の様子を見つめていたが、また腰をおちつけて、
「うむ、そう。念のために言っておくがね。」
 と、手で合図をして、もう一度次郎にも腰をおろさせ、
「君は、今では、宝鏡先生の誤解を解く必要はない、と思っているかもしれん。しかしそれは何といっても君の誤りだ。誤解は解けるものなら、解いた方がいいよ。人間と人間との間に誤解があっていいはずはないからね。それだけは、私からはっきり言っておく。しかし、道理はそうだとしても、君の気持がそうならなければ、どうにも仕方がない。それはさっきも言ったとおり、いやいやながら誤解を解こうとすれば、却って悪い結果になるからだ。そこで、私は、小田先生といっしょに、君の気持がそうなるのを、陰ながら祈ろうと思っている。それだけは覚えておいてくれ。もっとも、私たち
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