心しなかったり、大して注意をひかなかったであろうと思われるところに、かえって深い興味を覚えたりした。また、おおかた一年近くも、彼の幼い思想の、唯一の拠りどころとなっていた「無計画の計画」という言葉にも、彼は自分で知らない間に、新しい意味をつけ加えていた。それは、もはや彼にとって、単に彼をとり囲む運命の神秘を意味するだけではなく、彼自身の心を、もっと自然な、作為のないものにするための指標として役立つようになっていたのである。
 次郎の幼年時代をくわしく知っている読者なら、誰でも気づいたであろうように、そのころ彼は、精力の半ば以上を、周囲の人々の彼に対する気持を推しはかることに費していた。かつて、私は、「次郎にとって何の自制心も警戒心も必要としないただ一人の相手、嘘であろうと、誇張であろうと、そのままにうけ入れてくれるただ一人の相手、そして、かりに腹を立てあうにしても、腹を立てあうことそのことが愛のしるしでさえあるようなただ一人の相手、それは乳母のお浜だけであった。」というような意味のことを書いたが、じっさい彼は、お浜以外の人のいるまえで、作為のない自然な行動に出たことは、めったになかった
前へ 次へ
全243ページ中114ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング