僕、行ってみましょうか。」
次郎はもう路をおりかけた。
「よせ、よせ。」
と、大沢は、いったんとめたが、
「そうだなあ、いよいよ家がこの近くに見つからなかったら、肥料|小舎《ごや》でも何でもいいから、そこに泊ることにしよう。……とにかく探検しておくんだ。」
三人は畦《あぜ》道の枯草をふんで急いだ。行きつくまでには五分とはかからなかった。大沢の想像どおり、それは小舎だったが、真暗な三坪ほどの土間の半分には、藁がいっぱい屋根裏に届くほどつんであり、入口には戸も立てられるようになっていた。
「寝るぶんには、これだけ藁があれば十分だね。」
と、大沢は、しばらく考えていたが、
「しかし、ひもじいだろう。僕、もう少し歩いて家を見つけるから、それまで藁の中にもぐって寝ていたまえ。」
そう言って、彼は、さっさと一人で出て行ってしまった。
彼の姿が見えなくなると、恭一と次郎とは、急に寒さを覚えた。
「僕、そこいらから枯枝を拾って来ようか。兄さん、マッチある?」
「ないよ。大沢君が一つ持ってるきりなんだ。」
「チェッ。」
次郎は思わず舌打をした。
「マッチがあったって、こんなところで火を焚《た》くと危いよ。」
恭一はたしなめるように言った。しかし、彼も飢えと寒さとで、もうがちがちふるえ出していた。
「寝っちまえ。」
次郎は、だしぬけに積藁にとびつき、すばしこくそれをよじ上った。そして一人でごそごそ音を立てていたが、
「兄さん、ここ温かいよ。」
と、もう一尺ほども藁をかぶっているような声だった。
「寝っちまっては大沢君にすまないなあ。」
そうは言いながら、恭一もたまりかねたと見えて、すぐ上って来た。
「ここだよ、兄さん。……二人いっしょの方がはやく温まるよ。」
次郎が藁の底から呼んだ。二人は抱きあうようにして寝た。すると、寒いどころか、しだいにむれるような温かさが藁の匂いといっしょに二人を包んだ。
「こんな旅行、面白いかい。」
恭一がしばらくしてたずねた。
「うむ、面白いよ。……だけどひもじいなあ。」
「僕もひもじい。こんなひもじい目にあったこと、これまでにないね。」
次郎には、しかし、ひもじいということに二通りの記憶があった。その一つは普遍のひもじさで、もう一つは、自分だけがおやつを貰わなかった時のひもじさだった。彼は、今でも、何かにつけ後の意味のひもじさを
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