けてやるんだい。」
次郎は妙に力んで言った。
「三人で仲よくなりゃあ、次郎ちゃんも、ここのうち嫌いではないんだろう。」
「うん。――もうお祖母さんなんか、へっちゃらだい。一人ぽっちにしてやらあ。」
次郎はすっかり調子にのっていた。恭一には、しかし、次郎のそうした言葉が、あまり愉快でなかった。で、彼は、握っていた次郎の手をその胸の上で神経的にゆさぶりながら、言った。
「そんなこと言うの、よせよ。僕ら、ただ三人で仲よくすれはいいんだよ。」
次郎は真暗《まっくら》な中で思わず眉根《まゆね》をよせ、五体をちぢめた。温い夜具をとおして、何か冷やりとするものが、彼の心臓のあたりに落ちて来たような感じだったのである。
彼はしばらく自分の気持を始末しかねていた。むろん適当な言葉も見つからなかった。お座なりをいう気には一層なれなかった。
と、だしぬけに、そして、ちょうど銀幕に暗い夜の場面が映し出されたかのように、襖がすうっと開いて、梯子段の下からさしているほのかな光線の中に、人影が浮いた。
恭一も次郎も、一瞬《いっしゅん》息をつめて、その人影を凝視《ぎょうし》した。
人影はせかせかと、しかし、足もとに用心しながら部屋にはいって来た。そして、二人の机のそばまでやって来ると、しばらくぐずついていたが、やがて電燈がぱっとともった。二人とも、人影を見た瞬間、てっきりお祖母さんだと思ったが、果してそうだったのである。
次郎はすぐ夜具を頭からかぶった。恭一は神経的に眼をぱちぱちさせて、お祖母さんを見た。お祖母さんの頬から喉《のど》にかけての肉が、蛙が息をつく時のように動いている。
お祖母さんは、二人の様子をじっと見くらべてから、恭一の枕もとに坐った。そして、強いて自分を落ちつけているらしい声で、
「恭一や、だから、言わないこっちゃないだろう。お祖母さんは、お前たちの話をみんな聞いていたよ。次郎といっしょに寝たりすると、どうせろくなことは覚えないのだからね。」
恭一は何と思ったか、くるりと起きあがって、敷蒲団のうえに坐った。寝巻一枚のままだった。
「風邪をひくじゃないかね。どてらをおかけよ。それに、もうこんなところに寝るのは、よした方がいいんだから、階下《した》においで。蒲団はすぐ運ばせるから。」
恭一は、どてらを着たが、そのまま動かなかった。
「やはり、ここに寝たいのかい。」
恭一はうなずいた。
「ああ、あ。何というわからない子になったのだろうね。ふだんはあんなによくお祖母さんの言うことをきく子だのに、次郎といっしょになると、こうも変るものかね。」
恭一の青白い頬がぴくぴくとふるえた。何か言おうとするが、唇のところで声がとまるらしい。彼は、次第に首を深くたれた。お祖母さんは、それを自分の言ったことに対するいい反応だと思ったのか、手をのばして彼のどてらの襟を合わせてやりながら、
「さあ、早く階下《した》においで。わるいことは言わないから。いつまでもこうしていると、ほんとに風邪をひくよ。」
「僕、いやです!」
恭一は、帛《きぬ》をさくような声で、そう叫ぶと、敷蒲団の上につっぷして、はげしく息ずすりをした。
お祖母さんは、ぎくりとして、しばらくその様子に眼をすえていたが、急に自分も恭一の背中に顔を押しあてて、泣き出した。
「恭一や、お前がそれほど階下《した》におりるのが、いやなら、……もう、むりにおりておくれとは……言わないよ。……だけど、だけど、お前、さっき、なるだけお祖母さんのそばにいないようにするって、お言いだったね。……あれは、ほんとうかい。そんなにお前は、このお祖母さんが、きらいになったのかい。……ねえ、恭一や、このお祖母さんは、……何を楽しみに生きているとお思いだえ。……次郎が……次郎が……お前は、そんなにこのお祖母さんより……大切なのかい。」
「お祖母さん、……ぼ……僕、わるかったんです。あんなこといったの、わるかったんです。だけど、次郎ちゃんとも仲よく……したいんです。お祖母さんにも、次郎ちゃんを可愛がってもらいたいんです。」
恭一は、うつぶしたまま、どてらの中からむせぶように言った。
次郎は、いつのまにか敷蒲団のうえに起きあがって、二人の様子を眼を皿のようにして見つめていた。しかし、その時、彼の心を支配していたものは、怒りでも、悲しみでも、驚きでもなかった。彼は恐ろしく冷静だった。耳も眼も、これまでに経験したことのないほど、冴《さ》えきっていた。彼は、恐らく、お祖母さんが彼の方に鋒先を向けかえて、何を言い、何をしようと、そのどんな微細な点をでも、見のがしたり、聞きのがしたりはしなかったであろう。それほど彼は落ちついていたのである。
むろん、彼のこうした落ちつきは、彼が幼いころから、窮地《きゅうち》に立った場合
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