かかっていたことで、法事のたびごとに、ひそひそと囁《ささや》かれていたのだが、四十九日が過ぎ、百ヵ日が過ぎ、その年も暮近くになって、やっと正木の老人から俊亮に話し出したのだった。
 それでも、結局、解決がつかないままに年があけてしまったのである。

    二 万年筆

「次郎、父さんは、今日正木へ行く用が出来たんだが、いっしょに行かないか。」
 朝飯をすまして、火鉢のはたで、手紙の封をきっていた俊亮が、だしぬけに言った。
 次郎は正月を迎えるために本田に帰って来ていたが、むろん、一日だってお祖母さんに不愉快な思いをさせられない日はなかった。恭一や俊三といっしょに、父と一度映画館につれて行ってもらったほかに、正月らしい気分は何一つ味わえず、とりわけ、食卓での差別待遇が、母にわかれてからの彼のしみじみとした気持を、めちゃくちゃにしそうだった。で、休みはまだあと二日ほど残っていたが、父にそう言われると、彼は飛び立つように嬉しかった。
「すぐ行くの? 僕、じゃあ、カバンを取って来るよ。」
 彼は、そう言って、二階へかけあがった。
「だしぬけに、どうしたんだね。」
 と、まだちゃぶ台のそばで茶を飲んでいたお祖母さんが、不機嫌そうに、俊亮にたずねた。
「いや、歳暮《くれ》にも無沙汰をしていますし、どうせ一度行って来なければなりますまい。」
「でも、今年はまだ忌《いみ》があるんじゃないのかい。」
「そりゃそうです。しかし、べつに年始というわけではありませんから。」
「じゃあ、松の内でも過ぎてからにした方が、よくはないのかい。あんまり物を知らないように思われても、何だから。」
 俊亮は苦笑した。そして、ちょっと何か考えていたが、
「じつは、今、正木から至急の手紙が来ましてね。」
 と、膝の前に重ねて置いた四五通の手紙に眼をやった。
「何を言って来たのだえ。」
 お祖母さんは、急いでちゃぶ台のそばをはなれ、不機嫌と好奇心とをいっしょにしたような眼つきをして、俊亮の火鉢の前に坐った。
「今日の夕刻までに、是非来てくれというんです。」
「そんな急な用件って、何だね。」
「それは、行ってみないと、はっきりしませんが……」
「何とも書いてはないのかい。」
「ええ……」
 俊亮の返事は少しあいまいだった。
「用件も書かないで、人を呼びつけるなんて、ずいぶん失礼だとは思わないのかい。」
 俊亮はまた苦笑しながら、
「親類仲でそうこだわることもありますまい。それに、こちらのことを気にかけてのことらしいのですから。」
「こちらのこと? すると何かい、こちらのことで何か相談がある、と書いて来ているんだね。」
 と、お祖母さんは、何か不安らしい眼をして、じろじろと手紙に眼をやった。
「そうらしく思われます。ご覧になりたけりゃ、ご覧下すってもいいんです。」
 俊亮は、渋い顔をしながら、正木からの手紙をぬきとって、お祖母さんの方につき出した。
「べつに、わたしが見なけりゃならん、ということもないのだけれど……」
 お祖母さんは、そう言いながら、手をひろげて、念入りに読みだした。しかし「委細《いさい》は拝眉《はいび》の上」とあるきりで、はっきりしたことは何も書いてなかった。ただ「次郎の行末とも、自然関係ある儀に付、云々《うんぬん》」という文句だけが、強くお祖母さんの眼を刺戟した。
 俊亮は、お祖母さんに構わず立ち上った。
「夕方までに行けばいいのなら、お午飯《ひる》でもすましてからにしたら、どうだえ。手紙を見たからって、そういそいで行くこともあるまいじゃないかね。」
 お祖母さんは、もう一度、読みかえしていた手紙を膝の上に置いて、俊亮を見た。俊亮が出かける前にもっとよく話し合っておきたい、というのがその肚《はら》らしかった。俊亮は、しかし、
「日も短いし、早く行って、早く帰った方がいいんです。」
 と、すぐ立ち上って次の間の箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》から自分で羽織を出しかけた。
 次郎は俊三と肩を組んで元気よく二階からおりて来た。そのあとから恭一もついて来た。
「お祖母さん、次郎ちゃんはもう帰るんだってさあ、まだ休みが二日もあるのに。」
 俊三が訴えるように言った。
 お祖母さんは、しかし、それには答えないで、次郎のにこにこしている顔を、憎らしそうに見ながら、
「お前は正木へ行くのが、そんなに嬉しいのかえ。」
 次郎の笑顔は、すぐ消えた。彼は默って次の間から出て来た父の顔を見上げた。
「何か、お土産になるものはありませんかね。」
 俊亮は、その場の様子に気がついていないかのように、お祖母さんに言った。
「何もありませんよ。」
 と、お祖母さんは、極めてそっけない。
「じゃあ、次郎、店に行って、壜詰《びんずめ》を三本ほど結《ゆわ》えてもらっておいで。」
 次郎はす
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