神経は、お祖母さんのそんな物の言い方を、正面からはねかえすことが出来なかったのである。
「だって、どうせ次郎ちゃんは座敷にいっしょに寝られないんでしょう。狭いんだもの。」
 恭一はしばらく考えたあと、やっと自分の言うことが見つかったらしかった。
「そりゃあ寝られないとも、八畳に四人はね。」
「すると、次郎ちゃんはどこに寝るんです。」
「そんなこと、お前が心配しなくてもいいじゃないかね。次郎はどこにだってねるよ。」
「やっぱり父さんとこにねるんですか?」
「それが好きなら、それでもいいさ。」
「でも、僕と俊ちゃんがいっしょで、次郎もやんがべつになるのは、いけないと思うんです。」
「それがどうしていけないのかい、どうせ三人のうち一人はべつになるんだろう。」
 お祖母さんは、兄弟三人をいっしょにして、自分がべつの部屋にねることなんか、ちっとも思いつかないらしい。
「一人だけ別になるんなら、僕がならなくちゃあ。」
 恭一はいつになく吐き出すような調子で言った。
「お前、どうしてそんなことをお言いだい。お祖母さんといっしょのお部屋に寝るのが、いやにでもなったのかい。」
「ううん、そんなことありません。だって、次郎ちゃんより僕の方が年上なんだもの。」
「まあ、まあ、急にお兄さんにおなりだこと。」
 と、お祖母さんは、冗談《じょうだん》のように言って笑ったが、すぐまた真顔《まがお》になって、
「そりゃあね、恭一、年ではお前の方が兄さんにちがいないともさ。だけど、何もかも兄さんだと思ったら大間違いだよ。次郎には、そりゃあお前たちの思いもよらない悪智恵があるんだからね。いつかも、ほら、お前、うまいこと万年筆を捲《ま》きあげられたんだろう。うっかりあれの手にのって、二人っきりで二階に寝たりしていると、ろくなことはないよ。」
「お祖母さん――」
 と、恭一はもう泣きそうな顔になって、
「万年筆は次郎ちゃんにねだられたんじゃないんです。僕、いらないからやったんです。二階に寝るのだって、僕の方から言い出したんです。次郎ちゃんはかわいそうです。ずるくなんかないんです。お祖母さんは、どうして次郎ちゃんがそんなにきらいですか。」
 恭一も、もう間もなく中学の三年だった。彼は、精いっぱいにその正義感を唇にほとばしらせながら、青ざめた頬を涙でぬらしていた。
 これには、さすがに、お祖母さんもすっかりあ
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