は、自分が附添いときまった日に、みんなを集めて合宿に必要な諸注意や、費用のことなどを話したあと、次郎の頭をなでながら言った。
「本田は合宿の面倒がなくていいね。だが、試験の時間におくれんように気をつけるんだぞ。いずれ先生が君のうちに寄って、よく打合わせておくが。」
次郎はがっかりした。それでも、彼は、正木のお祖父さんが、「源次は本田にお世話になるより、合宿の方で先生に面倒を見ていただく方が安心じゃ」と言ったのを知っていたので、自分から願いさえすれば、源次と同じにしてもらえそうな気もして、それを言い出す機会をねらっていた。しかしそんな機会はとうとう見つからなかった。お祖父さんも、お祖母さんも、試験の話にさえなると、「このごろは恭一が、次郎をきっと試験にうかるようにしてやると、張り切って待っているそうだ。」といったような話をして、次郎を励ますことばかりに熱心になるのだった。
次郎は、合宿が駄目なら、源次か竜一のうち、せめて一人だけでも町の自分の家に泊ってくれればいいと思って、そっと二人にそれをすすめてみだ。源次は、しかし、即座に「いやだ」と答えた。そして、
「お祖父さんだって、僕は先生のそばにいる方がいいって言ってるじゃないか。」
と、いかにもお祖父さんが自分の肩をもって、そんなことを言いでもしたかのような口振りだった。
竜一の方は、次郎の家に泊るのが、まんざらいやでもなさそうだったが、その場でははっきりした返事もせず、翌日になって、
「うちでいけないって言うよ。」
と、気の毒そうにことわった。
次郎は、そうなると、いよいよみんなにのけ者にでもされたような気になり、幼いころから本田の家で味わって来た不快な感情が、どこからともなく甦って来て、誰かが合宿の話でもし出すと、つい荒っぽいことを言ったり、皮肉な態度に出たりしたくなるのだった。――過去の深刻な運命というものは、それに似た新しい小さな運命をあざけるとばかりは限らない。それは、ちょうど骨の髄《ずい》をいためた古疵と同じように、ちょっとした寒さにもうずき出すことがあるものなのである。
町に出て行くのは、次郎もみんなといっしょだった。その日、みんなは、いつもの朝礼の時間に学校にあつまり、全校児童のまえで、校長先生からの激励の辞をうけ、万歳の声におくられて、権田原先生を先頭に、寒い春風のなかを粛々《しゅくしゅく
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