を落したあと、逃げるように墓地の入口に向かって走り出した。

     *

 夕飯には、お芳も台所に来て、みんなといっしょにちゃぶ台についた。ご馳走は大したこともなかったが、赤飯が炊《た》いてあり、酢《す》のものがついていた。次郎はお芳とならんで坐らされたが、始終むっつりしていた。
 お芳の方は、はた目には物足りないほど平気な顔をしていた。強いて次郎にちやほやするのでもなく、さればといって、次郎のむっつりしているのを不快に思うようなふうもなかった。彼女は、ただ、自分の食べるものだけを食べてさえいればいい、といったふうに、はた目には見えた。
 お祖母さんとお延とが、おりおり、気をきかして、
「次郎のお母さん、これいかが。」
 と、丼のものなどを二人の前に押しやったりした。お芳は、それでも、
「はい、ありがとう。」
 と言ったきり、次郎の皿にそれをわけてやろうとする気《け》ぶりも見せなかった。
 次郎には、丼のものはどうでもよかった。彼は、しかし、「次郎のお母さん」という言葉をきくごとに、従兄弟たちの視線を顔いっぱいに感じて、気が重くなり、物を噛むのでさえおっくうになった。
 夕食後、「次郎のお母さんのお土産」だといって、みんなに煎餅《せんべい》がふるまわれた。大人たちも子供たちも茶の間に集まって、それを食べた。
 お祖父さんは朝から留守だったが、ちょうどその最中に帰って来た。そして、
「ほう、にぎやかだのう。」
 と、みんなのなかに、次郎とお芳の顔をさがしながら、座敷の方に行った。お祖母さんとお芳とがすぐそのあとについた。
 しばらくすると、お芳がまた茶の間の入口に来て、例のえくぼを見せながら、
「次郎ちゃん、ちょいと。」
 と手招《てまね》きした。
 次郎は相変らずむっつりしていたが、呼ばれるままに立っていった。するとお芳は、襖のかげの小暗いところで、包紙にくるんだ平たい箱を次郎に渡しながら言った。
「これはね、次郎ちゃんへのお土産。きょうお祖父さんが町にいらしったので、お頼みして買って来ていただいたの。」
 次郎は、顔を真赧《まっか》にして、茶の間に帰った。お芳もそのあとからついて来た。みんなの視線がいっせいに次郎のさげているお土産の包にそそがれた。次郎は、もとの場所に坐るには坐ったが、その包の置き場に困って、膝にのせたり、尻のあたりに置いたりしていた。
「次郎
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