れから、お民の危篤の電報を受取って正木の家に駆けつけたおりの話をし出し、
「お母さんは、乳母やに、一度あやまっておかないと気がすまないって、おっしゃって下さいましたわね。覚えていらっしゃるでしょう。」
 と、鼻をつまらせた。そして、
「気がお強くって、あたしも、しょっちゅう叱られてばかりいましたけれど、そりゃあ、何でもよくおわかりの方でしたわ。坊ちゃんのことだって、ああして最後までお気にかけて、わざわざあたしをお呼び下すったんですものねえ。それに、何と言ったって、実のお母さんですわ。実のお母さんなればこそ、あたしのようなものにまで、あやまるなんておっしゃって下すったんですわ。血をひかない他人には、とても出来ないことですよ。」
 お浜の言葉にさそわれて、亡くなった母の思い出にひたりきっていた次郎は、そこで、急に何かにつきあたったような気がした。
(乳母やは、今度の母さんのことで、何かいけないことを言おうとしているんだ。)
 彼はすぐそう思って、落ちつかなかった。そして、お浜のつぎの言葉を待つのが、何だかいやだった。で、彼はとっさに言った。
「そんなこと、あたりまえじゃないか、乳母や。」
「あたりまえって言えば、あたりまえですけれど……」
 と、お浜は、そのあとをどう言ったら、自分の言いたいことが言えるのか、ちょっとまごついたらしかったが、急に調子をかえて、
「あたし、ねえ、坊ちゃん、きょうお伺いして、ほんとうは、がっかりしていますのよ。」
「どうして?」
 次郎は、不安な気がしながらも、そう問いかえさないわけにいかなかった。
「どうしてって、あたしは坊ちゃんの乳母やでしょう。それがきょうしばらくぶりでお訪ねしたんじゃありませんか。そしたら、かりにも坊ちゃんのお母さんと言われる人なら、何とか、もう少しぐらい、しみじみと坊ちゃんのお話をして下さるのが、あたりまえですわ。」
「母さんは、ふだんから、あまり物を言わないんだよ。」
「そうかも知れませんが、それにしても、あんまりですよ。坊ちゃんが学校からお帰りになるまえだって、一言も坊ちゃんのことはおっしゃらなかったのですよ。お話しになるのは、お祖母さんばっかり。……ねえ、お鶴、そうだろう。」
「ええ、そうだわ。」
 お鶴は、いかにも不平らしく、強く合槌をうった。
「それに、お祖母さんのお話ったら、きいてて腹が立つことばかりなん
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