。三人の胸の中には悲しいまでの喜びが、しっとりしみ出ていた。
 むろん、誰もすぐにはねむれなかった。お浜の口からは、校番室の頃の思い出が、つぎつぎにくりひろげられて行った。次郎とお鶴とはほとんど聞き役だった。ことにお鶴は無口で、合槌もめったにうたなかった。それでも、彼女が耳をすましていたことは、何か可笑しい話が出ると、すぐ「くっくっ」と笑い出すので、よくわかった。
 お浜の思い出話の中には、次郎の記憶に残っていないことが、かなり多かった。次郎とお鶴がよく乳を争って泣いたこと、それがやかましいと言って先生に叱られ、お浜が一人を抱き、一人をおんぶして田圃道を歩きまわったこと、抱かれた方はすぐ泣きやむが、おんぶされた方はなかなか泣きやまなかったこと、――また、三歳か四歳ごろ、次郎が昼寝をしているお鶴の耳に豌豆《えんどう》を押しこんで、大騒ぎをしたこと、改作爺さんの入歯を玩具にして、一日、どうしてもそれを返そうとしなかったこと、北山の山王祭の人ごみの中で、買ってもらったおもちゃの風車をやたらにふりまわし、若い女の結い立ての髪にそれをひっかけて、その女を泣かしたこと――お浜は、そうしたことを、次から次に話していったが、次郎にとっては、たいていはもう覚えのないことだった。
「それでも、あたし、坊ちゃんがどんなにおいたをなすっても叱ったことなんて、一度もありませんでしたよ。お鶴の方がしょっちゅう叱られ役でしたわ。その代り、勘さんが、よく坊ちゃんを叱りましたわね。」
 次郎は、そう言われて、すぐお鶴の頬ぺたのお玉杓子をつねった時のことを思い出した。そして、そのお鶴がこんなに大きくなって、お浜のすぐ向こう側に寝ているんだ、と思うと、何だかうそのような気がするのだった。
「でも、乳兄弟って、いいものですね。小さい時には、自分の乳をとられたうえ、いつもいじめられてばかりいたお鶴が、坊ちゃんからの手紙っていうと、そりゃ大さわぎで私に読んできかせるんですもの。ほんとの兄弟でも、なかなかそんなじゃありませんわね。」
 お浜は、しみじみとした調子でそう言った。次郎は、お鶴の顔を闇の中で想像しながら、きょう学校の帰りにふと頭に浮かんだ「運命」という言葉を再び思い出して、深い気持になった。
 お浜にとって、何よりも悲しい思い出は、何といっても、校舎の移転と同時に校番をやめなければならなくなったおりの
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