いって、彼が「卑怯者」で「ごろつき」であることが、次郎の言うとおりであるかぎり、次郎が決死的になればなるほど、彼としては、始末がつけにくくなるのであった。
 だが、彼にとって何という仕合わせなことか、――たしかにこの場合に限っては、彼もそれでほっとしたにちがいないと思うが――そのせっぱつまった場合に、ひょっくり校内巡視の先生がやって来たのである。
 巡視は当番制で、ほとんど大ていの先生に割当てられていた。その日の当番は朝倉先生だった。朝倉先生は、尊敬に値すると噂されている先生の一人だったが、一年の教室に出ないので、次郎は、まだ、しみじみとその顔を見たことがなかった。
 先生がやって来たのは、次郎が三つボタンに対して最後の罵声をあびせ終って、まだ三十秒とはたたないころだった。
 それを最初に見つけたのは、三つボタンだった。それは、先生が次郎のうしろの方からやって来たからである。
 先生は、ほんのちょっと、次郎の一間ほどうしろに立ちどまって、二人の様子を見た。それから、默って二人の横に立った。
 三つボタンは、もうその時には、すっかりうなだれていた。しかし、次郎はあくまで身構えをくずさなかった。
 先生の眼は、すぐ次郎の小刀にとまった。しかし、やはり口をきかない。そして、その眼はすぐ三つボタンの顔にそそがれた。それからおおかた二分近くもたったころ、先生は、だしぬけに草深い地べたにあぐらをかきながら、重いさびのある声で言った。
「まあ二人とも腰をおろしたまえ。」
 三つボタンはすぐ腰をおろした。が次郎はまだ身構えたまま、先生を見ていた。すると、朝倉先生は、にっこり笑って次郎を見かえした。次郎は、それですっかり身構えをくずし、気がぬけたように腰をおろした。
「小刀はもう握っていなくてもいい。しまったらどうだ。」
 先生にそう言われて、次郎は、自分がまだ小刀を握っていたことに、はじめて気がついたらしく、あわててそれを衣嚢に押しこんだ。
「君は一年だね。名は?」
 朝倉先生は次郎の襟章を見ながらたずねた。
「本田次郎です。」
「本田か、ふむ。……だが、室崎と一|騎《き》打《うち》では、ちょっと骨だったろう。」
 次郎は、三つボタンは室崎というんだなと思った。
「しかし立派だった。実は、君が室崎に言っていたことは、私もかげで聞いていたんだ。」
 次郎は、あらためて先生の顔をみた。
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