田原先生は、わざわざ成績発表を見に来ていたので、あらためて通知を出さなくてもよかったはずだったが、何か書かないではいられない気持だったのである。
 竜一宛のを書き終ったあと、彼はかなり永いこと頬杖をついて考えた。それから、ざら半紙を二枚、紙挟みからとり出して、それに鉛筆で、考え考え何か書いていった。書いていくうちにそれはだんだん長くなって、とうとう紙一ぱいになってしまった。彼は何度もそれを読みかえし、消したり、書き加えたりしたあと、今度は作文用紙に、ペンで念入りにそれを清書した。
 それはお浜宛の手紙だった。文句にはこうあった。
「ばあや、おたっしゃですか。もう大かた一年も手紙を出さないで、ほんとうにすまなかったと思います。きっと心配していたでしょう。しかし、これにはわけがありました。僕は昨年、中学校の入学試験にしくじったので、どうしてもばあやに手紙を出す元気が出なかったのです。しかし、安心して下さい。今年はいよいよ僕も中学生になりました。今日それがわかったのです。だから、これからは、ばあやにも時々手紙を書くことにします。
 中学校に一年おくれたのは残念でなりませんが、その代り、僕はこの一年のうちに、ほんとうに偉くなるにはどうすればよいか、といつもそれを考えました。これは僕には非常にためになったと思います。僕はこれまで、人に可愛がられたいとばかり思っていましたが、それはまちがいだったということがわかりました。それで、僕はもうどんなことがあっても、腹を立てたり悲しんだりはしないつもりです。
 僕は、これから、ほんとうに正しい人間になりたいと思います。勇気のある人間になりたいと思います。そして、誰にも可愛がられなくても、独りで立っていける人間になりたいと思います。中学校にはいってからも、そのつもりで勉強していく決心です。
 けれども、僕はばあやだけにはいつまでも可愛がってもらいたいと思います。ばあやはいつも僕のそばにはいないのだから、どんなにばあやに可愛がってもらっても、僕はちっとも弱くはならないと思うのです。
 ではごきげんよう、さようなら。」
 お浜宛の手紙を書き終ったあと、彼は春子にも、せめて絵はがきででも、中学校に入学したことを知らしてやりたいと思った。しかし、彼女の東京の住所を書いたのを、もうなくしてしまっていたので、今度竜一にあって、それをたしかめてから書く
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