て、もとは草みたいなものだったんですね。」
「そうだ。最初岩の割目に根をおろした時には、指先でもふみつぶせるほどの柔いものだったんだ。それがどうだ、このとおり固い岩を真二つに割って、それをじりじりと両方に押しのけている。眼には見えないが、今でも少しずつ、押しのけているにちがいないんだ。この松の木を見たら、命というものがどんなものだか、よくわかるだろう。」
 次郎の眼は光って来た。そして、徹太郎と松の木とを等分に見くらべながら、耳をすましてきいていた。
「だが――」
 と、徹太郎はちらと次郎を見て、
「命も命ぶりで、卑怯な命は役に立たん。卑怯な命というのは、自分の運命を喜ぶことの出来ない命なんだ。……わかるかね。自分の運命を喜ぶって。」
「ええ、わかります。」と恭一が答えた。
「次郎君はどうだい、むずかしいかな。」
 次郎はちょっとまごついたが、すぐ、
「運命って、わかんないな。」と素直に答えた。
「なるほど、運命がわからんか。じゃあ境遇と言ってもいい。たとえばあの松の木だ。何百年かの昔、一粒の種が風に吹かれてあの岩の小さな裂目《さけめ》に落ちこんだとする。それはその種にとって運命だったんだ。つまり、そういう境遇に巡り合わせたんだね。そんな運命に巡り合わせたのはその種のせいじゃない。種自身では、それをどうすることも出来なかったんだ。わかるだろう。」
「わかります。」
 と次郎はちょっと眼をふせた。
「そこで、運命を喜ぶということなんだが、どうすることも出来ないことを泣いたり怨《うら》んだりしたって、何の役にも立つものではない。それよりか、喜んでその運命の中に身を任せることだ。身を任せるというのは、どうなってもいいと言うんじゃない。その運命の中で、気持よく努力することなんだ。それがほんとうの命だ。あの松の木の種には、そういうほんとうの命があった。だから、しまいには運命の岩をぶち破り。それをつきぬけて根を地の底に張ることが出来たんだ。松の木は今でも岩にはさまれたままたが、もうそんなことは、松の木にとって何でもないことになってしまったんだ。」
 次郎はふと、運平老の蘭の絵のことを思い起した。そして、お祖父さんはあの時どんな話をしたんだろう、と考えてみたが、はっきり思い出せなかった。
 それから、三人とも默りこんで、めいめいに何か考えているふうだったが、しばらくして徹太郎がま
前へ 次へ
全153ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング