ぐ、
「僕、正直になりたいんだよ」とか、
「人に可愛がってもらったって、つまんないさ」とか、妙に力んだ調子で言って、あとは変に默りこんでしまうのだった。
彼が一番のんきな気持になれたのは、大巻を訪ねる時だった。そこでは、彼は、自分のこの頃の変な気持を示す余地をまるで与えられないかのようであった。というのは、運平老と徹太郎との、例の飄々乎《ひょうひょうこ》とした話っぷりや、高笑いが、彼の気持、というよりは、彼の存在そのものにまるで無頓着らしく思えたからである。それはちょうど、泣いている子供が、泣いていることを無視されることによって、泣きやむようなものであったのかも知れない。
もっとも、運平老にしろ、徹太郎にしろ、次郎がこのごろどんなふうだかを、お芳の口から何も聞いていないわけではなかった。お芳は元来口下手だったし、自分から進んでくわしい話をしたがるようなふうもなかったが、やはり次郎のことを苦にはしていたらしく、本田のお祖母さんの手まえ、表面だけでも俊三によけい親しんでやらなければならないということ、親しんでやっているうちに、末っ子のせいか、自分ながら不思議なほど彼に愛情を感じ出したということ、また、次郎に対しても愛情を感じないわけではないが、ついそんな事情から、しだいに気持が離れて行くような結果になり、次郎本人に対しては無論のこと、俊亮に対しても心苦しく思っているということなどを、ぼつぼつもらしていたのである。
で、大巻一家、ことに運平老と徹太郎の二人は、お芳以上にそのことを心配して、日曜ごとに次郎が訪ねて来るのを待ち、ついにその姿が見えないと、翌日は徹太郎がわざわざ本田の家に寄って、それとなく様子をさぐって来るといったふうであった。
しかし、運平老は、次郎が訪ねて来さえすれば、もうそれだけで嬉しくなってしまったというふうに見え、眼をぱちくりさして、ひょうきんなことを言い出すし、徹太郎は徹太郎で、運平老の言葉尻をとらえたり、それに調子を合わせたりして、次郎をすぐ愉快な空気の中にまきこんでしまうのであった。そして、多少でも次郎が何かにこだわるようなふうが見えると、運平老はすぐ彼に竹刀を握らせるし、徹太郎だと、登山の話をしたり、彼を田圃《たんぼ》につれ出してひっぱりまわしたりするのだった。
登山というと、徹太郎が、約束どおり、恭一と次郎とをつれて山に寝たことも何
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