入っているだけじゃ。白い雲が一ひらぐらいは浮いているかも知れんがの。どうじゃ、これもいい景色じゃろう。」
次郎には何のことやらさっぱりわからなかった。しかし、恭一が案外真剣な眼付をして絵に見入っているので、自分も仕方なしに、画面の天地の何も描いてない部分を、きょろきょろと見上げ見おろしていた。
運平老は今度は絵と子供たちとを等分に見比べながら、
「天地をつなぐ断崖に根をおろして、天地を支配している蘭の心には何の迷いもないのじゃ。たった一株で淋しいとも思わんし、雨風にたたかれても苦にならん。花が咲く時には花を咲かせ、枯れる時が来たら括れるまでじゃ。わしも今日はひさびさで気持のよい絵を描いた。もうこれでおしまいじゃ。」
そしていかにも愉快そうに、ひとりでうなずきながら、絵筆を筆洗にひたしていたが、
「二人とも、ようおとなしく坐っていたのう。いったい、いつ来たんじゃ。」
二人は思わず顔見合わせて笑い出した。恭一は、しかし、すぐ真顔になって、
「お祖父さんが今の絵を描きかけた時です。」
「ああ、そうだったか。で、二人で来たかの。」
「叔父さんといっしょです。」
「おう、そうそう。徹太郎はゆうべは宿直じゃったな。なるほど、きょうお前たちをつれて来る約束じゃったわい。はっはっはっ。」
運平老は、絵の世界から、やっとほんとうに自分にかえったらしかった。
そこへ、大巻のお祖母さんが二人を呼びに来たので、運平老もいっしょに茶の間に出て行き、みんなで餅菓子を頬張った。
餅菓子を頬張りながら、徹太郎はまた登山の話をはじめた。そして崖に生えている植物の採集の話をし出すと、運平老は得たりとその話をさっきの蘭の絵にもって行き、徹太郎にさっそくそれを見て来るように言った。徹太郎は、
「またお父さんの独りよがりではありませんかね。」
と、笑いながら座敷の方に立って行ったが、間もなく帰って来て、
「やっぱりあれはただの蘭ですよ。高さの感じがちっとも出ていません。あれじゃあ、庭石の横っ腹に生えた蘭だと見られても、仕方がありませんね。」
運平老は眼をくるくるさして、
「なに、庭石の横っ腹じゃと。お前のような平凡な学校の先生には、墨絵の心は到底わからん。お前よりは恭一君の方がよっぽどわかりがよさそうじゃ。」
恭一の顔がかすかに赧らんだ。
「ふ、ふ、ふ。」
と、徹太郎は悠然とあぐらをか
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