だりしていた。ただ、むっつりと火鉢のはたに坐りこんでいたのは、お祖母さんだけだった。
すっかり準備が出来たのは、六時をかなり過ぎたころだった。
明るい茶の間の電燈の下で、父と兄との間にはさまれて、鋤焼鍋を囲《かこ》んだ時の次郎の気持には、何とも言えない温かさがあった。鉢に盛られた肉や、葱《ねぎ》や、焼豆腐の色彩、景気のいい七輪の火熱、脂のはじける音、立ちのぼる湯気の感触とその匂い、――彼は、彼の味覚を満足させる前に、すでに彼の五官のすべてを鋤焼というものに集中さして、恍惚となっていた。
彼にとっては、こうした食事の経験は、本田の家ではむろんのこと、正木の家でも、これまでに全くなかったことなのである。
「次郎、もうここいらが煮えているよ。」
さっきから手酌で晩酌をはじめていた俊亮は、煮え立った鍋のなかに箸をつきこみながら、まや次郎をうながした。次郎は、しかし、まごまごして恭一の顔ばかり見た。そして、恭一が卵を割ると自分も割り、肉をはさむと、自分もはさんだ。
子供にとって、味覚の世界はしばしば他のすべての世界を忘れさせるものである。次郎は、それから夢中になって鍋のものを口に運んだ。俊亮と恭一とが、かわるがわる、「もうここいらが煮えているよ」と言って、肉や葱を彼の前に押しやってくれるので、彼はほとんど箸を休める必要がなかった。お祖母さんがどんな眼をして彼を見ていたかも、俊三が鍋のなかのものをとるのに、どんなふうにお芳に世話をやいてもらっていたかも、彼はまるで知らないでいるかのようであった。しかし、食慾が満たされるにつれ、そして、鋤焼というものの刺戟が、次第にその新鮮味を失ってくるにつれ、彼の注意も、そろそろと周囲の様子にひかれて行った。
「母さん、僕、豆腐はいやだい。」
「ああ、そう、じゃあそれ母さんの皿にうつしてちょうだい。もうじき肉が煮えるから、待っててね。」
俊三とお芳との言葉が、ます次郎の耳を刺戟した。しかし、なお一層彼の注意をひいたのは俊亮と俊三とのつぎの対話だった。
「俊三、お前母さんに甘ったれてばかりいるね。」
「甘ったれてなんかいないよ。」
「だってそう見えるぞ。」
「馬鹿にしてらあ。」
「じゃあ、今夜は次郎が母さんのそばに寝るんだが、いいかね。」
「そんなの、ないよ。」
「どうして?」
「だって、恭ちゃんはお祖母さん、次郎ちゃんは父さん、僕は
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