気を配って、彼のこぼした御飯粒を拾ってやっては、それを自分の口に入れた。
 お副食《かず》は干鱈と昆布の煮〆だったが、お浜はそれには箸をつけないで沢庵《たくあん》ばかりかじっていた。そして、次郎の皿が大方空になったころ、そっと自分の皿を、次郎の前に押しやった。
「ううん、それは、乳母やのだい。」
 次郎はそう言って、皿を押し返した。お浜は顔を赧《あか》らめて、あたりを見まわしたが、誰もそれに気づいた様子がなかったので、ほっとした。そして今度は急いで自分の皿から、お副食を半分ほど次郎のに分けてやった。
 すると今度は次郎がまごついた。こんな特別な心づかいを平気で受けるようには、彼の心はこのごろ少しも慣らされていなかったのである。彼は盗むように、お浜と従兄弟たちの顔を見た。そしてお浜が与えたものに箸をつけるのを躊躇《ちゅうちょ》した。
「坊ちゃんは何時お帰り? 今日? 明日?」
 お浜は、みんなの気をそらすつもりで、そんなことを言ってみた。しかし、気をそらす必要のあった者は、お浜自身と次郎との外には誰もいなかった。従兄弟たちはお浜が
自分のお副食を次郎の皿にわけてやったのを見ながら、ほとんどそれを気にとめていないようなふうであった。
「僕、もっと泊っていきたいんだがなあ。」
 そう言って、次郎はきまり悪そうに、皿に箸を突っこんだ。
「お正月まで泊っておいでよ。ね、いいだろう。」と、久男が言った。――久男は、一番年上の従兄弟である。
「でも、お正月はおうちでなさるものよ。」
 と、お浜はいそいで久男の言葉を打消し、何かちょっと考えるふうであった。
「どこだって同じだい。ねえ、お祖母さん、次郎ちゃんはお正月まで泊ってもいいだろう。」
「そうねえ……」
 と、お祖母さんは、隣のちゃぶ台から、なま返事をした。
「なんでしたら、私、お暇《いとま》する時に、途中までお送りしましょうかしら。」
 お浜は箸を持った手を膝の上に置きながら、改まって言った。すると、茶の間で一人だけ別の膳についていたお祖父さんが、
「なあに、構うことはない。本田の方から誰か迎えをよこすまでは、幾晩でも泊めて置くがよい。」
 正木のお祖父さんにしては、かなり烈しい語気だった。白髯《はくぜん》の間からのぞいている頬が、いつもより赤味を帯びて光っていた。
 お祖父さんにそう言われると、お祖母さんもすぐその気になっ
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