た。お浜であった。
「まあ、坊ちゃん、しばらく。」
 次郎はちょっとの間、ぽかんとしてお浜の顔を見ていたが、きまり悪そうに俯向《うつむ》いて、くるりと背を向けた。
「おや、どうなすったの。」
 お浜は、次郎の前にまわって、中腰になりながら、彼の顔をのぞきこんだ。
「まあ、泣いてたようなお顔ね。」
 そう言って、彼女は次郎を抱きすくめるようにしながら、炉の前の蓆に腰をおろした。従兄弟たちは、しばらく二人の様子を珍しそうに見ていたが、間もなく、ぞろぞろと小屋を出て、何処かへ行ってしまった。
「ねえ、次郎ちゃん、あれからどうしてたの。」
 と、彼女の言葉は、二人きりになると、少しぞんざいになった。
「病気しなくって? 何だか少し痩せたようね。私、次郎ちゃんのこと、一日だって忘れたことないのよ。でも、お母さんのお許しがあるまでは、次郎ちゃんところへは伺わない約束なんですの。それでね、いつもこちらにお伺いしては、次郎ちゃんのことをお聞きしていましたのよ。でも、今日はよかったわね、お逢い出来て。……昨日いらしたってね。」
 次郎は俯向《うつむ》いたまま、かすかにうなずいた。
「でも、お一人でいらしたっていうじゃないの? 随分ひどいわねえ。母さんのお言いつけ?」
「ううん。」
「では、お祖母さん?」
「ううん。」
「では、どなた。」
「父ちゃんだい。」
「お父さん? まあ。お父さんまで、そんなことを次郎ちゃんにお言いつけになるの? はっきり嫌だとおっしゃればいいのに。お父さんだって誰だって、構うもんですか。」
「だって、僕……」
「だってじゃありませんよ。次郎ちゃんは、いつもびくびくしてるから駄目ですわ。」
「だって、恭ちゃんが返事しないんだもの。」
「恭ちゃんにも行けっておっしゃったの?」
「うん、はじめは恭ちゃんに行けって言ったの。でも恭ちゃんが默ってるから、僕来ちゃったんだい。」
「恭ちゃんがいやなら、次郎ちゃんはなおいやでしょう。小っちゃいんですもの。」
「だって僕、父ちゃんが好きだい。」
「そう? お父さんお好き?」
「大好きだい。うちで一等好きだい。」
「そんなにお父さんは次郎ちゃんを可愛いがって?」
「ああ、ちっとも叱らないよ。」
「そりゃいいわね。……でも、昨日は一人で怖かったでしょう。」
 次郎は急に肩を聳《そびや》かして、
「ううん、ちっとも怖くなんかないよ。
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