ら、
「もう六つ寝ると、また帰って来る。ひとりで大川に行くんじゃないぞ。父ちゃんがつれて行ってやるからな。」
次郎は、ここで父を待っていたのが無駄ではなかったような気がして、嬉しかった。そして、父が再び自転車に乗って走って行く姿を、立ったまま永いこと見つめていた。
九 雑のう
夏が過ぎた。次郎がこの家に来てから、まだやっと一ヵ月そこそこである。しかし、彼はだいぶ新しい生活に慣れて来た。
慣れて来たといっても、それは決して、彼の気持が愉快に落ちついて来た、という意味ではない。
彼は、絶えず用心深く家の人たちの動静を窺《うかが》った。また彼らの言葉のはしばしから、すばしこくその心を読むことに努めた。その点では、彼は来た当座よりも、ずっと卑怯になったように思える。
しかし、また考えようでは、恐ろしく大胆になったとも言える。彼は、露見の恐れがないという自信さえつけは、しゃあしゃあと嘘もつき、思い切っていたずらもやった。尤《もっと》も、盗み食いだけは、どんなにいい機会に恵まれても、湯殿での父の言葉を覚えていて、断じてやらないことにした。――彼は、父だけは欺いてはならないような気がしていたのである。
時として彼は、母や祖母の前で、ことさら殊勝なことを言ったり、したりしてみせた。無論そんなことで、母や祖母が、心から自分に対して好意を寄せるようになるだろう、とは期待していなかった。しかし彼らを油断させる何かの足しにはなると思ったのである。
もし、周到な用意をもって、大胆に事を行うということが、それだけで人間の徳の一つであるならば、彼は、こうした生活の中で、すばらしい事上錬磨をやっていたことになる。しかし、策略だけの生活から、必然的に育つものの一つに残忍性というものがあるのだ!
次郎は、毎日庭に出ては、意味もなく木の芽を揉《も》みつぶした。花壇の草花にしゃあしゃあと小便をひっかけた。蜻蛉《とんぼ》を着物にかみつかせては、その首を引っこ抜いた。蛙を見つけては、遁《の》がさず踏み潰した。蛇が蛙を呑むのを、舌なめずって最後まで見まもり、呑んでしまったところをすぐその場で叩き殺した。隣の猫をとらえて、盥《たらい》をかぶせ、その上に煉瓦を三つ四つ積みあげて、一晩じゅう忘れていた。
尤も、人間に対してだけは、彼は、それほどあからさまに残忍性を発揮することが出来なかっ
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