なって、下駄を探すような恰好をしながら、忙しく口を動かした。
 彼が下駄をはいて、父のそばに立った時には、彼はもうけろりとしていた。たった今、喉《のど》を通ったばかりの卵焼のあと味が、まだ幾分口の中に残っているのを楽しみながら、彼は神妙らしく、父が見ている空の方向に視線を注いだ。
 そこへお民が茣蓙を運んで来て、それを縁台に拡げた。俊亮はすぐ、ごろりとその上に寝て団扇を使いはじめた。お民もその端に腰をおろしながら言った。
「次郎も、みんなと一緒に、就寝《やす》んだらいいじゃないの。」
 次郎は不服らしい顔をした。すると俊亮が傍から言った。
「まだ眠くはないさ。早いんだから。」
「でも外の子はもう就寝みましたよ。」
「馬鹿に早いじゃないか。……次郎はもう少し父さんのそばで涼んでいけ。」
「まあ、大そう次郎がお気に入りですこと。……では、次郎ここに掛けて、父さんのお相手をなさい。」
 次郎は最初遠慮がちに縁台に腰を下したが、間もなく父と三四寸の間隔をおいて、自分もごろりと横になった。彼はなぜか、父の真っ白な、ふっくらした裸に、自分の体をくっつけてみたくなった。彼の汗ばんだ体は、蚊にさされたところを掻くような恰好をしながら、じりじりと父にくっついて行った。
「汚ないっ。」
 俊亮はだしぬけに、びっくりするような声で呶鳴りながら、はね起きた。――彼は鷹揚《おうよう》でなさけ深い性質に似合わす、一面神経質で潔癖なところがあり、他人の家で畳に手をついたりすると、帰ってから、何度も手を洗わないではいられない性質だった。
「どうなすったの。」
 さっきから、それとなく次郎の様子を見守っていたお民が、いやに落ちついて訊ねた。
「次郎のべとべとする体が、だしぬけにさわったもんだから、びっくりしたんだよ。」
 と、俊亮は、次郎に触《さわ》られた横腹のあたりを、団扇の先でしきりに撫でている。
 次郎は、変に淋しい気がした。彼は寝ころんだまま、じっと眼を据えて父を見た。すると、お民が言った。
「まあ、貴方にも呆れてしまいますわ。」
「何が……」
「かりにも、自分の子が汚ないなんて。」
「汚ないものは、汚ないさ。」
「それでも親としての愛情がおありですの。」
「何を言ってるんだ。それとこれとは違うじゃないか。馬鹿な。」
「男の親というものは、それだから困りますわ。いやに可愛がっていらっしゃるか
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