えられた。あとはよくまぜれば、よかったのである。しかしよくまぜるには、やはり擂古木で擂る方が一番よかった。
 で、次郎が先ず擂った。次に誠吉が擂った。次郎は、両手で鉢をおさえ、出来るだけ顔を鉢に接近さして中をのぞきながら、
「もういい、もういいよ。」と言った。
 その時誠吉がすぐ手を休めさえすれば、何事もなくてすんだかも知れなかった。しかし誠吉はおまけのつもりで、しかも最後だというのでうんと力を入れて、急速度に擂古木をまわした。
 とたんに火薬は一度に爆発した。音は高くはなかった。それはぼっとした夢のような音だった。しかし、鉢の縁とすれすれに顔を近づけていた次郎は、その音にはじかれたように、草の上に突っ伏してしまった。
「次郎ちゃん、次郎ちゃん。」
 誠吉の緊張した、しかし、人を憚《はばか》るような声が、次郎の耳元できこえた。次郎は気を失っていたわけではなかった。しかし、その声をきくまでは、彼は泥水の底に沈んでいるような気がしていた。
 起きあがって眼を開けると、まつ毛がじかじかした。顔がほてって、皮膚が変に硬ばっていた。彼は誠吉を見ながら、心配そうに訊ねた。
「僕の顔、どうかなってる?」
「まっ白だい。煙がくっついているんだろう。」
 次郎はそっと手で顔を触《さわ》ってみた。ぬるぬるしたものがくっついているような気がする。さほどひどくはないが、ぴりぴりした痛みを覚える。
「早く水で洗っておいでよ。」
 誠吉が言った。
 次郎は離室や座敷の方をそっとのぞいてから、池の水を両手で掬《すく》って、顔にもっていった。が、それと同時に彼は悲鳴に似た声をあげ、再び築山のかげに走って来た。彼の顔は、ところどころ鮪《まぐろ》の刺身のように真赤だった。誠吉は眼を皿のようにして立ちすくんだ。
 次郎は草の上に仰向けに寝ころんで、ふうふう息をした。顔全体から炎が吹き出しているような感じだが、どうすることも出来ない。彼はただ手足をばたばたさして苦痛をこらえた。誠吉は全身をぶるぶるふるわせながら、しばらくそれを見ていたが、急に声を立てて泣き出した。そしていっさんにどこかに走って行った。
 間もなくお延が子供たちと一緒に走って来たが、次郎の顔を見ると、
「あれえっ。」
 と、けたたましい叫び声をあげた。
 つづいて雇人たちがどやどやとやって来た。すこしおくれて謙蔵が来た。最後にお祖父さんが来
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