ために弁当を持って来ていないのに、竜一の家に行くのが気まずかったのである。
「どうしてだい。」
「どうしてでもいいから、さきに帰っとれよ。」
彼はそう言って、さっさと門内に這入ってしまった。竜一は不平そうな顔をして、しばらく彼を見ていたが、仕方なしに、他の仲間たちと一緒に帰って行った。
次郎はしばらく、教員室に最も遠い校舎の角の、日陰になったところに、一人でぽつねんと立っていた。そして掃除当番のがたぴしさせる音が少ししずまったころ、再び校門を出た。
強い日照の路を、彼はかなりゆっくり歩いた。そして竜一の家についてからも、しばらく内の様子をうかがってから、敷居をまたいだ。敷居をまたぐと、すぐ左側は薬局の窓だったが、中はしいんとしていた。彼はいつものように自分勝手に上りこむ気になれず、いかにも遠慮深そうに、「竜ちゃあん。」と呼んでみた。どこからも返事がない。遠くの方から、食器のふれるような音が、かすかに聞えて来る。彼はもう一度呼んでみる勇気が出なくて、そのまま上り框に腰をおろした。
彼は少しつかれていた。戸外のぎらぎらした光線が、汗ばんだ彼の顔を褐色に光らせていた。彼は気が遠くなるような、息がはずむような変な気がした。
「あら、次郎ちゃんじゃない? 今日はお薬の日だったの?」
だしぬけに春子の声がうしろにきこえた。次郎はうろたえて立ち上りながら、
「ううん、竜ちゃんは?」
「竜一? いるわ。たった今学校から帰って、ご飯たべたところなの。次郎ちゃんも学校のお帰り? ご飯まだでしょう?」
「うん、僕たべたくないや。」
「どうかしたの?」
「ううん。」
次郎は首をふった。春子はちょっと変な顔をして彼を見つめたが、
「じゃ二階に上ってらっしゃい。すぐ竜ちゃんを呼んで来てあげるわ。」
春子はそう言って奥へ行った。次郎には彼女がいつもよりよそよそしいように思われて仕方がなかった。来なければよかったというような気もした。しかし、そのまま帰るのも工合がわるくて、またぽつねんと立ったまま戸外をながめていた。
竜一が間もなく走って来た。二人はすぐ二階にあがった。次郎はつとめていつもの通りに振舞おうとしたが、やはり気が落ちつかなくて、二人の遊びはしばしば間がぬけた。春子が二階に上って来たのは、それから三十分も経ってからであった。
彼女は、父が病家から持って帰ったらしいお菓子
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